1 / ⅲ - 人はそれもまた天使と呼ぶ -
有土は自分の机上に浮かぶ
例えば、政治学において国際的動向を把握し内政を柔軟に対処しうる先見性を持つ者。
例えば、情報学において類稀なる演算式を作り目を見張るプログラムを組み立てた者。
例えば、芸術学において老若男女問わず幅広く好まれる商品のデザインを手掛けた者。
そのように『アンゲロス』の未来を作る若衆の
無論、選出結果に不満がある訳ではない。
学科内で千を超え、学年では万を超える生徒数の中で指折りの実力者として認められたことは誇れることである。
しかし有土が評価された “特記すべき実績”は、彼に言わせてみれば遊びで作った産物に他なく、評価を受けるにしても過大なのではないかと思ってしまうのだ。
「まぁ、お上が決めた事柄か」
これ以上自分一人で考えていても仕方がないと嘆息し、有土は『
「おはよう、小郷くん」
爽やかである筈の朝から爛れた下賤な話を一方的に聞かされた有土の耳にとって、その声は小鳥の囀り、あるいは妖精の歌声にすら聞こえてくる。
「おはよう、世良さん。世良さんの声が聞けて嬉しいよ」
彼の声を聞いた少女、
明るい茶色のショートヘアをふわりと舞わせながら、透き通った琥珀色の瞳を輝かせ、愛らしく朗らかな声で彼女は有土に微笑んだ。
もしも彼女に犬のような尻尾でもあるならば、きっと嬉しさで元気良く振っているだろう。真紀奈からはそんな小動物的な可愛らしさが感じられた。
「そっ、そうなの? ふふっ、それならわたしも嬉しいよ」
彼女の頬に熱が入る意味を、きっと有土は知らないのだろう。
普段より胸を高鳴らせながら彼女は両手に抱えていた鞄からあるものを取り出そうとするが、生憎とそれを許してくれないのは運命も悪戯好きなものである。
「あ、小郷君。ちょっといいかしら?」
教室に入ってきた担任の教師が有土の姿を確認すると、彼を呼び寄せた後にこう口を開いた。
「今日は公欠の扱いにするから、本館に行ってもらえるかしら?」
教師の示す場所、本館───そこは
「本館……ですか? わかりました」
有土は釈然としない様子で生返事にも似た返答をしながらも、どこか力んだ表情を浮かべる。
急に飛び込んで来た予定は理由も要件もわからず仕舞いの現状であるが、本館に向かうという事実、大人の世界に足を踏み入れなければいけない事態は彼を緊張させるには十分だった。
「是非とも貴方に会いたいって言う人がいるんですって。簡単な会談と、終わったら一緒にランチでもどうかってお誘いらしいわよ」
教師の言葉に反応を見せたのは有土より真紀奈の方で、彼女は声を荒げずにいたものシュンとみるみるうちに元気をなくしていき、本当に姿が小さくなっていくようにすら見えた。
「わかりました、それではこれから準備をして向かいます……それで世良さん、何か言おうとしてくれてたっけ?」
「んーん、だいじょぶ……」
お世辞にも空元気とも痩せ我慢とも言えないような力無い返事をした真紀奈は、しょんぼりと小さく溜息を吐きながら自分の席に座る。
「それじゃあ私達は授業を始めるわよ。皆さんは将来大学部やその先に進む時に教育実習の場を設けていますので、そこでちゃんと教える立場になれるのかどうかも兼ねて……そうね、じゃあ今日は世良さんに教師役をやってもらいましょう」
「ほぇ!?」
不意打ちを喰らった真紀奈の狼狽える姿に、思わず口元が緩んでしまう。
花咲くような笑みを浮かばせたり、かと思えば見てわかるくらいに悲しんだり、大きな瞳を開いて驚いたり表情をコロコロと変え様々な顔を見せる彼女は、さながら万華鏡のような愛らしさがある、なんて思いながら有土は荷物を整理して教室を後にする。
「今日は説明しやすい基本的な分野ということで、本国の政治体系についての説明をお願いしましょうかしらね。愛しの旦那様に渡せなかったお弁当は私が代わりにもらってあげるから、元気出して頑張りなさいな」
「っ、せ、先生!」
本人が居なくなった途端にこれであると、真紀奈が大きく息を吐いたのは決して教壇に立つ緊張から出るものだけではなかったのだろう。一呼吸を置いたのちに、真紀奈はNLCディスプレイを浮かばせる。
「……ふふっ」
その画面端で受信した新着メッセージは、この場にただ一人いないクラスメイトから届いたもの。
ガンバレとその応援に元気付けられた真紀奈が教壇に立つ姿には、もう萎縮した様子はどこにもなかった。
「それでは、よろしくお願いします」
そうして真紀奈は株式会社『アンゲロス』の執る政治方針───株式内閣制についての説明を始めた。
「この国は政府が株主となり国家行政と企業経営を一本化させた特殊な政治体制、株主内閣制政治と呼ばれる独自のシステムを憲法で定め、その上で動いています」
そもそも『アンゲロス』は株式とはいえ、その株を一般的に売っている訳ではない。
もしも仮に株式を流通させてしまおうならば、世界の工場を我が物にしたいという考え、世界の火薬庫の利権、経営権を巡って新たな戦争の火種を作り兼ねないからである。
ではその株式システムはどうなっているのか。
それは最高責任者が全体の51パーセント、即ち過半数の株を所有し、残る49パーセントを各政治家で分け合う仕組みとなっている。
「私達国民は選挙によって執政局の役員を選出し、そしてそこで選出された国会議員の中から執政局総督が閣僚を任命することによって内閣が発足されます」
企業国家『アンゲロス』の国政を執り行うということは、株式会社『アンゲロス』の経営を担うということも意味する。
この国における内閣とは
「そして、そんな本国の頂点に立つ人こそ……」
株式会社『アンゲロス』代表取締役会会長兼
企業国家『アンゲロス』執政局総督兼国防局最高司令官。
「───お初に御目に掛かります、光皆社長」
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