Act - 1 「地の色」

1 / ⅰ - 天使の語源 -


 蒼歴 █████ 年 一の月




 人は何かにすがる為に神を創り、願い、祈る。


 人は何かを誤る故に神をなじり、苛み、葬る。




 人間は文明の利器で身の周りを覆うようになり、電子と数値による神の存在の証明が不可能と知りながらも、人類は神が与えし恵を信じて疑わず祭壇の前でひざまずくことをやめなかった。


 が、そのしるべの先に待ち受けていたのが業火であったのなら、どうだろう。


 欲望を根源に、暴力を火種に。


 空を超え海を渡り、そうして燃え盛る災禍のほむらは平穏を焼き尽くし、されど救世主は現れない。


 在りもしない虚構を崇拝していた使徒に下された審判は、残酷なほどに真っ直ぐな死という現実だった。



   「神は、死んだ。」



 そうして神に見放され、依部よりべを見失った人間は十字架に背を向け、典範を焼き、ほだしを破った。


 世界は互いに目に見えぬ線を、壁を、溝を作り、いさかいの閃火が燃え上がる。


 その狂騒の坩堝るつぼと化した世界を飛翔するのは、万人に福音を与える神の使い、天使ではなかった。




 そこに飛び交うは、機動性と機能性に長けた軍用航空機───即ち、戦闘機。




 渇望を燃料に、悪虐を爆薬に。


 轟音をまとい風を切り、裂き天穹を駆ける幾多の翼はそれぞれの思惑を乗せながら衝突する。


 羽根を捥がれた武士もののふは世界から墜とされ、つわものの夢見た正義は果たせず、機体のむくろから立ち昇る黒煙のみが遺される。




 その黒は蒼天のキャンバスを穢し、やがて天空には晴れぬ黒雲が世界を覆うこととなった。




 腐敗し、瓦解し、陥落した混沌の世界で、それでも人は前へと走り出す。


 それが愚昧であると知りながらも、不明瞭で、不確実で、不安定な世界を突き進む。


 行末ゆくすえも知らぬまま、目的も解せぬまま、顛末も見えぬまま、然れど少しでも振り返れば死の淵へと引き摺り下ろされることを知っているから、人々は立ち止まる選択肢をなげうつ。


 恐怖心に駆られ、猜疑心に揺られ、憂慮心に煽られ、怨嗟の怒号も悲哀の叫喚も一切を呑み込み燃え盛る炎を、最早誰もが消そうとは思えなくなっていた。


 希望を血潮に、祈願を烈火に。


 光の指さなくなった空を尚も飛び続ける銀翼を、人々はいつからか盲目的に崇め讃え、やがてそれらはこう呼ばれるようになった。






「───『鋼鉄の天使』ねぇ。よくもまぁ、大層な名で言ったもんだ」

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