第5話 6年目

雪の嬢はもういない。

その事実に、無感情な毎日を高いスツールの上で過ごす吾輩の感覚は、次第に麻痺し続けていった。

人になってはいけない。

そうなのだ。

我々とは身分の異なるいわば『異端』である中に身を置いて、得体の知れない心根や雑念をどう振り払おうとしても、吾輩の存在は産まれた時から決まっている。それが運命なのだと、この頃から思うようになった。

それに、人になどなりたくもない。

全ての者に平等に与えられた時間を、人は何故無駄に不幸に使ってしまうのだろう。

自ら命を絶つ行為も、命をかけて嫌々闘う行動も吾輩には理解しがたい出来事に思え、その事を考えると無性に虚無感がどっと押し寄せては、不思議とあっという間に過ぎ去ってしまう。


トカトントン。


あの音は聞こえなくなっていた。

風俗嬢のよしみちゃんは、自室で大量の睡眠薬を飲んでこの世からいなくなってしまった。

今頃は、雪の嬢のいる世界で幸せに暮らしているのだろうか?

若頭は大怪我を負って入院して、その後にお巡りさんに連れていかれてしまった。

もう二度と、小料理屋には来れないらしいと加代ちゃんとおけいちゃんは話していた。

異国からの使者は銀行員の女性とは別れ、今は東京で小説を書いているらしい。新たな女性に食わせてもらいながら。

吾輩は今日も明日も明後日も、この高いスツールの上で時間を浪費するためだけに生きている。

人に愛撫されるだけの生きる屍のように。


人になってはいけない。


そんな事を考えながら。

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