第4話 5年目

異国からの使者は、銀行員の女性と共に北欧へと旅立ってしまった。定住するつもりなのか、はたまた単なる気紛れ旅行かは定かではないが、何でも女性の方から積極的に促されての決断だったらしい。

反対する者はなく、己の人生は自己責任で切り開いていくものだと皆言っていた。

最期の日、異国からの使者は小料理屋の客として、酒や煮しめをたらふく平らげて出て行った。

おけいちゃんはせめてもの餞別にと、出来の悪い息子に数万円の金を渡していた。

人はまるで、金を集めるための生き物みたいだと、吾輩は雪の嬢に言った事がある。

雪の嬢はそんな事にはまるで興味を示さずに、丁寧に毛繕いをしていた。

バツが悪くなった吾輩も、同じように毛繕いをしてその場をやり過ごした。

その日から数日後。

朝方、小料理屋の前で雪の嬢はタクシーにはねられて死んだ。

吾輩は加代ちゃんの部屋の窓からその一部始終を目撃していた。

鈍い音に目覚めたおけいちゃんは、道路に横たわる雪の嬢を段ボールの棺に入れて泣いてくれた。

加代ちゃんは火葬場の手配をしてくれた。

車から降りて来た、見知らぬ若い男に棺が渡されるのを見て、吾輩は思い切り泣いた。

でも人はわかってはくれなかった。

吾輩の頭を撫で、顎を撫でるばかりで、吾輩の気持ちはわかってはくれないでいた。

所詮身分が違うのだ。どうせ分かり合えるはずも無い。そんな事は承知していた筈なのに、吾輩は兎にも角にも悔しくて悲しくて泣いた。

撫でて欲しいわけじゃない。

その棺の中の雪の嬢に最期に触れたかった。

そんなたったひとつの願いさえも届かぬ煩わしさに、吾輩は毛を逆立てて店の中を走り回っていた。

その時、またあの音が鳴った。


トカトントン。


途端にどうでも良くなってしまった。

人になってはならない。

雪の嬢に言葉を思い出した。

でも、もうどうでも良いのだ。

彼女はもういないのだから。

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