第3話 4年目

人というのは実に面倒で、その生涯は滑稽でありながらも何処かしら儚い。

吾輩が居候をしている、異国からの使者の家で目の当たりにする日常が教えてくれた。

街外れの風俗街の一角で、ちいさな小料理屋を営む異国からの使者は 〈と言っても、女将は彼の母親で、常連客からは『おけいちゃん』と親しまれていた 〉週末に店を手伝いに来ては小遣いを貰っていた。

彼曰く、正当に働いた賃金であって親から金をせびってはいないと言ってはいるが、その言葉を信じる者はいなかった。

べっぴんさんともとうに別れて、今では二つ三つ年上の銀行員の女性と付き合っているらしく、妹の加代ちゃんの印象ではかなりの美人で素養があると評判のようだ。

吾輩からしたら、朝晩と小料理屋の手伝いをしている加代ちゃんの方が余程しっかり者に見えるのだが、人というのはどうも見かけに囚われやすい。

事実、加代ちゃんは美人とは言えないが、八重歯も三つ編みもそばかすも、捉えようによっては可愛らしく見える。つまりは童顔なのである。


吾輩は店の看板猫として、店奥カウンター席の一段と高いスツールの上で丸まってさえいれば美味い煮しめや唐揚げにありつく事が出来た。

常連客で風俗嬢のよしみちゃんは、吾輩をとても気に入ってくれて、これまでに何枚も写真を撮っては子供のようにはしゃいでいた。


加代ちゃんのコロッケと、おけいちゃんの唐揚げは店の人気メニューで、それを目当てにその筋の若頭も常連客となっていた。

若頭は座敷の隅でいつも静かに酒を呑んで、最後に必ず吾輩の頭を軽く小突いて帰って行った。

独り身のおけいちゃんに気があるようにも思えたが、誰もその事には触れなかった。


小料理屋の二階は住居となっていて、吾輩は気兼ねなく店の中と二階とを行き来出来た。

加代ちゃんの部屋で眠る事の多い吾輩の身体には、甘い香水の香りが染み付いてしまっている。致し方無い。居候の身なのだからー。


夜の集会へはあまり行かなくなっていた。

その代わり、雪の嬢が小料理屋の前まで来ると、吾輩は裏口からそっと抜け出しては玉川上水の遊歩道を連れ立って散歩した。

春は蝶々を追っ掛けて。

夏には気絶した蝉に驚かされて。

秋になると旋風に挑み。

冬になると雪の足跡を見ながら笑った。

雪の嬢と吾輩は、互いに毛繕いをし合う仲になっていた。

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