根深き執念
「訪れない春」は失敗作だった。
ただ不気味な味付けをして、幸せな人間を嘲笑う。それだけの絵に価値はなかった。
否、自分は価値を見出せなかった。当たり前だ。
嗤う側の人間も、「人間」だ。
僕の心はとっくに悪魔へ売り渡していたのだろう。「人間」に所属する事を僕はもう飽きていた。
卑怯な最期だと思う。
不快な絵画だと思う。
絵の中心で枯れた桜の木が、その太い根を掘り起こし
ポイントを挙げるならば「締め上げているが、絞め殺してはいない点」だろう。全ての鳥類は口を開け、鳴いていると気付く者は居るのだろうか。
地獄のような一時を喚く鳥類。
自由を謳う翼は意味を成さず。
それでも彼らは生きている。生きてしまっている。
それぞれの生を全うしろ。
逃げ出すな。
その健やかな身体で不自由に飛べ。
この絵は、今は仕舞っておこう。いつか両親が見つけてくれるだろう。
――あとは自分のやることは、一つだけ。
最大の皮肉を込めて、卑怯な最期を迎えるだろう。長続きしないのならば残りの時間等、誤差でしかない。
「父さん、ちょっと気分転換に行ってくる」
「そうか。もし絵ができたら父さんに最初に見せてくれないか」
「分かった。きっと驚くような作品になっていると思うよ」
市内で一番の、桜の名所はどこだったか。
春は僕の好きな季節だった。桜は綺麗だと、思った。皮肉しか話せない僕が美しいと思った唯一の景色かもしれない。
丁度、見ごろのソレを見に行こうではないか。
どうせ最期の景色だ。場所くらい選んでもバチは当たらないだろう。
***
思わず、スマホが手から零れる。
ネット上のニュースには「春日舞」の自殺を仄めかす文章が掲載されていた。
「うぇっ」
思わず、立ち上がる。頭が真っ白になった。
しばらく鳥を絞め殺したような――自分の声だけが脳内で木霊した。
……自殺、だって!?
俺は悪夢でも見ているのか?
さっき起こされたのも実は悪い夢で醒めたら現実が待っているとかではないのか?
本気で、頬をつねる。激しい痛みと共に父の怒号が耳を刺した。
「さっさと来い!」
腕を掴まれた僕はまるで荷物の如く、後部座席に放り投げられた。バタン、と勢いよく閉められたドアに
骨に反響する痛みだけが俺の意識を繋げている。
「親父」
「なんだよ。眠てぇならさっさと寝てろ」
「丸笑公園まで、行ってくれないかな」
「あ?何かと思ったら……。そこら辺で一回ガソリン入れて、ついでに昼飯食うって言ったろ」
「……そっか」
丸笑公園。
市内でも一番大きな自然公園で、小さな川や森林もある為小学生の遠足にも使われたりする場所だ。
今はほぼ散っているが、桜の名所であり同時に――自殺の名所でもある。
そこに向かったものが引き寄せられるように川に飛び込んだり、森林の奥にある崖から飛び降りたり、中には首吊りするものも居たとか。
公園に行ってどうする?
何も考えてはいない。だが、春日舞が死んだかもしれない……そんな話が嘘だと信じる為にこの目で確かめなくてはいけないのだ。
ネットのニュースなんか信じてたまるか。昨日まで当たり前に信じていた媒体へ唾を掛ける。都合の良い情報だけ信じる。
傲慢だ。そんな傲慢を信じるしか今の俺にはもう、できなくなっていた。
四輪駆動のエンジン音がまるで遥か遠くの事のようだった。
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