最終章
13
草原。静かな、湖畔。
家が、ひとつだけ、建っている。
わたしがこの土地を買って。建てた、家。いつか、彼を見つけたら。告白して、一緒に住もうと思って、建てた。
やわらかな風が、草原を吹き抜ける。
わたしは。
海外に行って、治験を受けた。ありとあらゆる身体的な治療は、意味をなさなかった。どうしようもない状態で。たまたま、見ていた海外ドラマの流れていた音楽を、少しだけ、口ずさんだら。不具合が、改善されていくのを、感じた。
歌が、この不具合への唯一の治療法だった。聴く人の心に響き、やさしく包むような。そんな唄が、身体と心の不一致を、和らげてくれる。
その日から、ゆっくりと。唄い続けた。そして、めちゃくちゃになった身体は、すべて、治った。そして、身体のなかで唯一ぐちゃぐちゃになっていなかった声帯は、特殊な音域を獲得した。大人と子供。身体と心の成長不一致に対して、最も有効な音域。
病院を出てからは、まず、リハビリに専念した。ぐちゃぐちゃになった臓器と骨を、とにかく強く、ひたすらに強くする。
漫画やドラマでは簡単に飛ばされてしまうような地味なリハビリを、ひたすらに、続けた。毎日外を歩き。毎日臓器の調子を確認して。とにかく、ひたすら、歌った。
とにかく、はやく元気になりたかった。
身体がちゃんと成長して、普通に外に走れるようになって、はじめて。彼に会いたいと、強く思うようになった。わたしに生きる意味をくれた、彼を。探して。会いたい。
歌姫になった。
リハビリがてら、世界を一周しながら歌を歌ったりもした。
とにかく、どんなところにでも出向いて。ひたすらに、歌い続けた。彼に、見つけてもらえるように。最後まで好きなあなたのために。歌った。
彼は。見つからなかった。
子供の頃のことで。彼はもう、自分のことを覚えていないのかもしれないと、思った。もう、彼はいない。そう思うと、せつなくて、かなしかった。
リハビリが終わり。普通の人間に、なった。普通に歩いたり走ったりして。普通に生きる、普通の人間。願い続けたものなのに。彼がいないという事実だけで、わたしは、つらくなった。
それでも。
最後まで好きなあなたの前で、見つけてもらえるように。わたしがわたしで、いられるように。そのために、病院を回りはじめた。
マネージャを付けて。世界中の国を回って。自分と同じ心と身体の成長不一致を持つ子供に、唄を聴かせた。唄で、人は救える。わたしがそうだったように。全ての不具合を、なくしてしまいたかった。
全ての人に唄を聴かせて。
もう、この世界に。
身体と心の成長不一致を起こす人は、いない。
ただひとり。
彼を、のぞいて。
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