第12話 ENDmarker2.

 病院で、個室に子供を集めて。唄う彼女を。見つめる。


 最後まで、彼女の歌声は聴こえないままだった。この仕事が終わったら、端末で検索して聴いてみようか。


 不安と焦り。


 子供の頃の記憶。消えかけている。


 彼女を眺めながら医者に軽く相談したが、訝しがられるだけだった。子供の頃、それも文字を覚える前の頃の記憶など、覚えていなくて当然らしい。


 しかし、自分にとっては。


 生きるために必要な、何よりも大事な、記憶だった。


「終わったわ。これで、もう、全ての世界から、わたしと同じ不具合のひとは、いなくなった」


 彼女。


 部屋を出てくる。


「そう、ですか」


 その場に倒れ込みそうになったが、耐えた。


「では。警護は完了になります。俺は、これで」


「ええ。ありがとう。助かったわ」


 ほとんど、マネージャのようなことしかしなかった。全てが治安の良い病院ばかりで。血や硝煙とは無関係の仕事だった。


 それでも。


 子供の頃の記憶が。消えようとしている。


「帰りは、あなたのことを」


「いえ。俺はもうここで失礼します」


 すぐに踵を返して。


 病院の階段を駆け下りる。


 どうすれば。


 どうすればいい。


 このまま自分の生きる意味が消えるのを。


 待っているだけなのか。


 違う。


 そうだ。あの草原。あの場所で。もういちど。手紙を読んで。自分の生きる意味を。手紙。そうだ手紙。手紙を読めば、そこに俺の生きる意味が。


 階段を降りる足が、もつれる。階下まで転がり落ちた。身体は丈夫なので、無傷。おかしくなってきているのは、心のほう。


 なんとかして、立ち上がり。


 携帯端末を探る。左の胸ポケット。


 手紙。


「ちょっと。何やってるのよ」


 歌姫の大声。


 そこまでで。


 意識が、保てなかった。


 崩れ落ちる。心。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る