第10話

 だんだん。


 記憶を失うことが、多くなってきた。


 毎日。


 起きてまず最初に、手紙を読む。自分の生きる意味を。最期まで好きな自分でいることを。確かめる。


 そうしなければ。忘れてしまいそうだった。


 忘れてしまえば。自分が自分では、なくなる。そう思った。焦りは、日に日に増していく。


 色々な国を回るが、必ずホテルは同室。歌姫が眠っている間は、眠らない。歌姫が起き出して身支度をしているわずかな間だけ、目を閉じて休む。


 撃たれたり毒を盛られたり汚染された場所に行ったりしたせいで、眠らなくてもそれなりに身体を休めることはできた。


 ただ、起きたら必ず。端末を開いて、手紙を取り出して読む。


「いつもいつも。起きてすぐに、何してるの?」


 彼女。こちらに近付いてきた。端末と手紙を隠す。


「いえ。何も」


「あ、そ」


 興味なさそうに、離れていった。


 この手紙だけは。


 自分の生きる意味だけは。ふれられたくない。


 歌姫。準備ができたらしく、遠目でこちらを見つめている。今日はめずらしく、急かしてこない。


 手紙を読んで。


 最期まで好きな自分でいることを。確認する。


「お待たせしました」


 彼女のもとへ歩み寄る。


「なんだ。普通じゃないの」


「何がですか?」


「てっきり、いかがわしいことをしてるのかと思ったのに。朝って、そういう気分になるんでしょ?」


「殺すぞ」


 しまった。つい、本音が出てしまった。威圧感も出ている。


「すいません。つい」


 焦っているのかもしれない。子供のときの記憶が失くなっていく。自分の生きる意味を、いつ忘れてしまうのか分からない。仕事のことも多くの国の言語も、どんどん覚えていくのに。いちばん大事な、子供の頃の記憶だけが。忘れられてしまうのかもしれない。


「あなたに殺されるほど柔じゃないわ」


 歌姫。威圧されたのを、意に介した風でもない。よかった。


「気を付けます」


「休みなさい、少し。つかれが出ているのかもしれないわよ」


「いえ」


 警護対象の歌姫に心配されることなど。あってはならない。全力で生きる。最期まで好きな自分でいる。そのために。

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