第8話

「あら」


 かなり大きな、声。その方向に、顔を向ける。


 女性。草原のど真ん中。突っ立っている。


「ここはわたしの私有地よ。なに勝手に入ってきてるの」


 女性。かなりおこっているような、そぶり。そして、すさまじい大声。


「すいません。すぐ出ていきますので」


「はやくしてちょうだい。ここはわたしの私有地よ」


 2回、言われた。しかたなく、過去の思い出を忘れないように心に焼き付けながら。


 立ち上がった。


 ゆっくりと、女性のほうに歩いて。


「すいませんでした」


 いちおう、頭を下げる。謝るなんて、いつぶりだろうか。


「早く出ていってよ。わたしも仕事があるの」


 頭を上げて。


 気付いた。


「あれ」


「なによ」


 仕事の対象。


 次の仕事は。女性の護衛だった。


「よかったよかった。探す手間が省けた」


 目の前の女性。護衛対象。


「なによ」


「どうも。お初にお目にかかります。KKと言います」


 桐生きりゅう景近かげちかだから、名字と名前から一文字ずつとってKK。


「あら。あなたが護衛。よろしく」


「よろしくおねがいします」


 この女性を守って、しばらく世界を回ることになる。


「お名前を、うかがってもよろしいでしょうか?」


 依頼には、唄姫ディーバとしか書かれていなかった。


唄姫ディーバよ。ディーバと呼んでちょうだい」


 本名ではないが、まあ、それで許すことにした。


「さあ。あなたの最初の仕事よ。ここから出ていって。ここはわたしの土地。ここに家をつくって暮らすのが、わたしの夢なの」


「そうですか」


 彼女を視認できるぎりぎりの位置まで下がって、彼女を見つめた。


 思い出の場所が。


 見知らぬ勝ち気な女の、住みかになってしまう。


 複雑な気分だった。


「耳栓。持ってきているかしら?」


 彼女のほうから。


 大きな声。


 よく通る声だこと。


「持ってきています」


 自分も大声で、返す。依頼には、耳栓必須とだけ書いてあった。


「いまから唄うわ。耳栓をして、絶対にわたしの唄を聴かないこと。わたしの唄は、この土地に無断で入ってくるような人間には聴かせられない」


「そうですか」


 なんとも気性の荒い女だ。自分に手紙をくれた彼女とは、真逆のタイプ。


 耳栓をして、じっとしていた。


 どうせ、あの大声なのだから。耳栓を貫通して、歌声は聴こえるだろう。


 待った。


 彼女。視認できるぎりぎりの位置。後ろ姿。


 それが、こちらを振り向いて。


 走ってくる。すごい勢い。


 自分の目の前で止まって。耳栓を引き剥がされる。


「行くわよ」


「え、唄は」


「もう唄い終わった。今からは仕事よ仕事。早くしなさい」


 よく通る大きな声のくせに。唄声は小さいのかよ。



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