第2章
第7話
身体だけが、取り柄だった。
むかしから、かぜをひいたことはない。けがは色々したけど、すぐに直る。骨を折ったり臓器が傷ついても、しばらく寝ていれば繋がってしまう。
むかし。こどもの頃。物心つくかつかないかのとき。からだの弱い子供と、仲良くしていた記憶がある。そして、その子からもらった手紙が。
手紙は、携帯端末に挟んで肌身離さず持ち歩いていた。左の、胸ポケットにいつもしまってある。
この手紙に、自分は生かされている。
自分の生きる目的は、この手紙と共にあった。
自分の命を賭して。全力で、日々を生きる。それが自分に課された使命なのだと、強く思う。
なんでも、やった。
戦場で調停をする仕事。何発か銃弾をくらったけど、生き残って調停を仲裁した。
借金まみれの小さな国を再生させる仕事。何度か毒を盛られたけど、生き残って国家機構を正常に回復させた。
汚染された海や河川を浄化する仕事。何度か身体が汚染されたけど、寝れば直ったのでそのまま汚染浄化の枠組みをつくって浄化させた。
とにかく、手紙にある通り。日々をひたすらに、最期まで好きになれるよう過ごした。とにかく、全力で生きた。
そして、いま。
数年ぶりに、生まれた国に帰ってきた。
次の仕事。
信じられないような簡単さの仕事だが、同時に多くの子供の命が懸かっていた。どうやら、自分にこの手紙をくれた子供にも関連する内容らしい。
仕事場に行く前に。
いつもの場所に、立ち寄った。
ほんの小さな、草原。
ここでむかし、走り回って遊んだ。手紙をくれた子供は、近くのマンションの窓から自分を見ていたんだっけか。記憶も朧気で、あまりうまく思い出せない。
草原に座り込んで、記憶を整理した。
最近、よく、こうなる。
過去の記憶が、思い出せなくなってきていた。日々を全力で生きると、新しく覚えたり順応しなければならないことが多くなる。結果として、子供の頃の記憶が必要のないものとして忘れ去られていく。
この手紙を。自分が生きるための理由を。忘れたくは、なかった。
この草原で。
どこかのマンションで。
そうだ。
マンション。
彼女のために。自分はここで全力で走り回って遊んでいたんだった。
立ち上がって、マンションを探す。
なかった。
もしかしたら、解体されたのかもしれない。
数年前。降雨に伴う河川氾濫と地盤沈下があり、草原の近くには小さな湖ができあがっていた。地盤が緩くなったのだとしたら、マンションは解体されるのも当然な気がする。
草原と、湖。
あと、むかしの、記憶。
ここには、それがある。
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