ふたりのメロディ
美羽
繋がるメロディ
― 僕はあの時何を思っただろう。何を感じただろう。
彼女にしてあげられたことはなんだったのだろう。
公園で、ギターを弾きながら、歌を歌う彼女がいた。
綺麗な声だった。
ピアノの右端の鍵盤が鳴らすような、そんな透明な声だった。
僕は直ぐに聞き惚れた。
彼女の隣のベンチで、読書するフリしてそのメロディーに聞き入っていた。
彼女のギターと歌声だけを聞いて、遊具で遊ぶ子供達の声はいつしかまったく聞こえなくなっていた。
ずっと彼女は歌っていた。
午後一時から五時の音楽がなりはじめるまで。
子供達に帰宅を促す音楽が公園内に鳴り響くと、彼女は驚いたように歌うのを辞めた。
僕はタイミングを見計らい、ベンチから立って彼女に声をかけた。
「素敵な、歌でした……。何という曲ですか?」
ぎこちない僕の言葉に、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
「これ、私が作った曲なんです。聞いてたんですね。なんか恥ずかしいな」
「ご自分で……。凄いですね。すみません。ずっと聞いてしまってて」
「いえ!ありがとうございます。もうこんな時間だったんですね。今びっくりしました」
そういえば、と僕も思う。
四時間以上、ここにいたのか。
「そうですね。では、今日は帰ります。ありがとうございました」
それが、僕と彼女の出会い。
幸せなメロディーの中で、僕らは出会った。
今でも思う。
あの日のメロディーは幸せだったと。
彼女は、毎週土曜日に公園に来た。
公園に来ては、ずっとずっと歌い続けた。
僕はいつもその横のベンチで、照れ隠しに小説を見ながら耳を傾けた。
音楽のレパートリーは沢山あって、そのどれもが温かかった。
一ヶ月、二ヶ月と時は流れ、短い夏が終わった。
肌寒くなると、彼女は長袖になり、暖かい飲み物を持ってくるようになった。
五時の音楽がなり始めると、彼女はその飲み物を僕に分けてくれた。
ホットレモンティーだった。
秋は過ぎ去り、厳しい寒さが到来する冬になった。
早めにマフラー、手袋を用意した彼女は、ギターを準備すると手袋を外し、赤いマフラーをつけて歌った。
僕らはどんどん仲良くなった。
冬が本気を出してくると、彼女の家に招待された。
二人でコタツに入り、ココアを飲みながらそのメロディーを聞いた。
僕は毎日、その感想を言い続けた。
今では思う。
その一年が、どれほど大切だったかを。
だんだんと暖かくなるにつれ、彼女の気分は落ちていった。
「どうしよう。何も思いつかない。何も書けない。何も弾けない。何も、歌えない……」
スランプ。
今までの彼女の音楽が絶好調だった分、彼女のスランプは強敵だった。
本当に何も書けなくなっていた。
「今までの歌があるよ。今までの音楽も好きだよ」
「歌えないの。今まで歌ってたのに、歌い方すら忘れたの。」
彼女は歌うことをやめた。
ギターを弾くことをやめた。
「大丈夫だよ、君ならっー‼︎」
「あなたに何がわかるの⁉︎いつも聞いてるだけで!こっちの苦しみも知らないくせに、あなたに何が言えるのよ!」
彼女は壊れていった。
僕は支えることが出来なかった。
「どうして、君は毎日ギターを弾くの?」
一度だけ、僕は彼女に聞いたことがある。
その時、彼女はとても寂しそうな顔をした。
「音楽でしか、認められなかったから」
家族に、だそうだ。
音楽だけ、彼女は認められた。
見て貰えた。
僕は彼女の、消えない傷をいくつも見つけた気がした。
土曜日になっても、彼女は公園に現れなかった。
心配になって家まで行くと、そこに彼女はいなかった。
[さようなら]
置き去りにされた、丁寧な五文字だけが僕を見上げていた。
彼女の人生は、そこで終わった。
次の日の朝、海から彼女の遺体が発見された。
彼女だと、その顔を見てすぐに察した。
僕は泣いた。
僕は知らなかった。
彼女にとって音楽がどれほど大きかったか。
僕の無責任な慰めが、彼女をどれほど傷つけていたか。
どうして気がつけなかったのか。
後悔だけが残った。
彼女のギターを抱きしめた。
春の陽を浴びて、黄金色に輝いたそれは、弾いてくれる主を求めているようだった。
寂しい。
寂しい寂しい。
僕も、ギターも、
公園のベンチ、赤いマフラー、
水筒にコタツ。
ココアに歌詞。
全てが、空っぽになった。
皆、彼女を愛していたから。
ごめん。
気がつけなくてごめん。
無責任な言葉で、君を傷つけてごめん。
僕は涙が頬を伝う中両手を高く大空にあげた。
でも、できることなら。
もう一度君の声を聞きたいー。
ふたりのメロディ 美羽 @Knoka
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