第11話 純粋無垢な親友に男ができた……って?






「ふんふふんふんふ〜ん♪」



芝生に座って風景画の線画をしていると、すぐ隣から聞こえてきた陽気な鼻歌に、 金森 ふう はごっそりと意識を持って行かれた。


なので画用紙に走らせていた鉛筆の手を一旦止め、隣に座る相手へと向き直る。



「……鈴、何か良いことでもあった?」


「え、風ちゃん、どうしたの急に?」



風ちゃんに突然声をかけられ、スズも小気味よく走らせた鉛筆の手を止めて風ちゃんの方を向く。



「いや何ていうのかな、最近の鈴ってずっと上機嫌だし」


「えぇ〜、いつもと変わらないよ〜?」


「日に日に女の子らしくなってるというか、可愛くなっているというか」


「またまたぁ、風ちゃんったら〜」



イヤンと照れるように肩を叩いてくるスズの姿に、風ちゃんは『誰だこいつ』と思いつつ、ここ数日思っていた疑問を言葉にする。



「もしかして、男でもできた?」



それは兼ねてより感じていた疑問。


男の影など微塵もなかった親友。


それが最近になって急に身嗜みに気を遣うようになったり、時々休み時間中にスマホを開いてはニマーッとしたり、学校が終わるとすぐ家に帰るし。


自分の知らないところでときめくような出会いがあり、まさか彼氏でもできたのでは無いか。


内心ドキドキしつつ、スズの答えを待つ。


さて、肝心の親友は……



「ど、どうして分かったの?」



それはもう、友達になってから一度も見たことない照れ顔で答えられた。


頰に手を当て、真っ赤になった顔が熱そうでひゃーっと手であおいでいる。


その事実に、風ちゃんは軽く衝撃を受けてヨロけた。



(ま、まさか本当にできていたなんて)



同性の私から見てもスズはとても可愛いと思う。


それこそ街で一緒に歩けば、周りの男共が必ず二度見するくらいのレベルだ。


けれど純真無垢さゆえに、今まで一度もそのような浮いた話はなかった。


だからいつかはその時が来るとしても、まだまだ先の話だと勝手に思っていたのだが。



(大きくなったのね、スズ)



風ちゃんは謎の親目線で、感極まっていた。



「そっかぁ、スズに男がねぇ」


「クラスのみんなには、な、内緒にしておいてよ! こういうのなんか恥ずかしいし」


「分かってる分かってるってば……」



(うちの美術コースは女子が多くてその手の話には目がないからね)



是非とも純情な恋路を歩んでもらわなければ。


焦る親友の姿に風ちゃんは微笑ましくなりながら、思考を次のステップへとシフトチェンジさせる。



(さてさて、スズのハートを射止めたのは一体どこの馬の骨なのか。この子の相手なんだからきっと良い人なんだろうけど、親友兼保護者である自分が見定めなければ)



なので風ちゃんは、自分がしっかりしなければという思い半分、それと生まれ初めて聞くスズの恋バナに胸を期待で膨らませながら質問した。



「その相手はどんな人なの?」


「え、え〜……どんな人って言われても……」


「年はいくつ? 同年代? どこで出会ったの?」


「ふ、風ちゃん、グイグイ来すぎだよ〜」


「いいからいいから、ほらほら、教えて」



もう課題などそっちのけで、風ちゃんはスズに詰め寄って話を促す。


そしてようやく折れたのか、顔を赤らめて照れながらスズは話し始めた。



「えっと……」


「うんうん」


「年は二十六歳だったかな。誕生日はまだなはずだから」


「うんうん……え?」



風ちゃんの表情筋が笑顔のまま30%ほど凍りついた。


あれ、おかしいな?


今二十六と聞こえた気がしたのだが。


…………いやいやいや、きっと自分の聞き間違いだろう。スズに限ってそんなことあるはずがない。


どうせ十六を二十六と聞き間違えたとかそういうオチ……



「それでね〜、スズが今住んでるアパートの隣で一人暮らししてて〜、確かIT系の会社に勤めてるはずだよ」


「一人暮らし……会社……」



どうやら先ほどの年齢は聞き間違いではなかったらしい。


スズの彼氏は歳が十も上の社会人?


しかも家が隣?


その事実に風ちゃんの表情筋はどんどん凝り固まっていく。今は60%ほどだろうか。



「恥ずかしいけど、名前じゃなくてたまにお兄ちゃん、って呼んだらすごく嬉しそうな顔をしてくれるんだ〜」


「お兄ちゃん呼びっ……?」



まさかそんな高度なプレイまでしていると?


迫りくるスズからの言葉のパンチに、風ちゃんはHPをドレインされるように意識が遠のいていく。


笑顔で固まった表情筋は100%を飛んで120%まで凍り付いていた。極寒だ。


いやだめだっ、ここで気を失うわけにはいかない。


一番大事なことを、自分はまだ確認できていないのだから。



「清いお付き合いを……してるんだよね?」



さて、藁にもすがる思いで問いかけた風ちゃんのラストクエスチョンは……



「……毎日、一緒に寝てるよ」


「うぼぁ……」



無慈悲な回答で幕を閉じた。


ポッと頬を赤らめた親友の答えに、謎の泡を吹いて風ちゃんは意識を飛ばしたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る