第9話 生真面目な後輩と?
後輩を連れて会社近くの店をウロウロ。
普段あまり昼休みに外食などしないリョウは迷いに迷って、最終的に無難な定食屋を選んだ。
そんな会社から徒歩五分の定食屋にて。
「全く、あの人がやれっていう仕事をしてるからこっちは昼休みを切り詰めてでもやろうとしてるのに」
テーブルに出されたお冷を口にしながらリョウはぶつくさと、対面では梶原くんが困った笑顔を浮かべている。
(あー、先輩が先輩の悪口を言ってる時の後輩ってものすっごく居た堪れないよな…………えっと、何か他の話題、話題……)
自分の面倒くさい先輩ムーヴに気づいたリョウは、慌てて他の話題を探すが特に見つからない。
だがそこは真面目な新人くん。
それを見かねて梶原くんが別の話題を提示してくれた。
「先輩の任されてる仕事ってそんなに大変なんですか?」
なので遠慮なく乗らせていただく。
「うーん、篠崎主任が提案する新規プロジェクトの先行調査なんだけど。なんせ人が足りない。実質今のところ稼働してるのはおれと主任の二人だけだぞ」
「それは……大変ですね。他のメンバーは招集しないんですか?」
「あの人の下で進んで働きたいです、って思える殊勝な人間が社内に大勢いると思うか?」
「あー…………確かに新入社員の同期たちの間でも、キツめな言葉遣いと態度から『美人だけど行き遅れ予備軍』ってもっぱら噂されてました」
「そゆことそゆこと」
ーーゴンッ……!
「お、お客様っ?」
リョウと梶原くんのいるテーブル席の後ろから、何やらテーブルに強く頭を打ち付けるような音が聞こえた。
家のお手伝いだろうか、そこそこ幼い店員さんの慌てた声も一緒に聞こえてくる。
だが今は昼時で忙しい店内。
周りが騒々しい中、少し気にはしても気には留めない。
「先輩は自分から志願されたんですか?」
「まさか、篠崎主任に無理やり巻き込まれたよ」
「それはまた、どうして?」
「さあな。おれ高卒だし、万が一プロジェクトが失敗した時はトカゲの尻尾のごとく切り捨てられるとか」
「さ、流石にそんなことはないですって」
「冗談だよ。さすがにそれは被害妄想が過ぎる…………あっ、すみませーん、注文お願いしまーす! ……梶原くんは何にする?」
「あ、僕はトンカツ定食で」
「おっけー、おれと一緒だな。トンカツ定食を二つ……あ、あとミニサラダも一つ追加で」
注文を取りに来たおばちゃんにトンカツ定食二つとサラダを頼み、話に戻る。
「っと、そうだ。…………梶原くん、先に忠告しておくけど、さっきみたいなあだ名は迂闊に口にしない方が身のためだぞ」
「あだ名って、なんですか?」
「『美人だけど行き遅れ予備軍』だとか」
「あ、篠崎主任の話ですか。えっと、それはどうしてですか?」
首を傾げる梶原くんを前にリョウは咳払いを一つ。
「これは実際にあった話なんだけど、一年前に篠崎主任が平社員から昇進した時、主任のことをまあ『親の七光り』だとか『未来のお局様』だとか陰で噂してた先輩連中がいたんだよ」
「あー、篠崎主任って確か社長の愛娘って話でしたもんね。なんかドラマみたいでいかにもな感じですね」
楽しそうな梶原くんに、リョウは少し声のトーンを落として語る。
「その先輩連中、どうなったと思う?」
「え? えっと、有り体に言えば、飛ばされた……とか?」
若干不安げでいいリアクションをする梶原くんに、リョウはニヤリと笑い、そしてあっけらかんと答えを口にした。
「まっ、そういうオチだな。一人は形式上辞表を提出して退職、他二人は地方の子会社に飛んだよ」
「ひぇっ……案外優しい人だと思ってたのに、人は見かけによらないものですね」
「そうそう、だから同期の子にも忠告しておくように…………ん? 今なんて言った?」
「? 人は見かけによらないって話です」
「それもだけど、その一個前」
「案外優しい人、ですか?」
「そう、それ。どこをどう見たら篠崎主任が優しい人だと思うわけ?」
梶原くんの発言にリョウは怪訝な目を送る。完全になに言ってんだこの子って表情だ。
「いやだって、篠崎主任ってだいぶ優しい方ですよ?」
「……本気で言ってる?」
「本気ですよ。僕って結構人を見る目だけはあるんですから」
そんなリョウの納得のいかない様子に梶原くんはむむっと。
「だってあの人、厳しいようでいてその実めちゃくちゃ周りを気に掛けているタイプの人間ですよ」
「うそだぁ」
「ほんとですって。今日だって僕が仕事で躓いているのもすぐ気づいてくれましたし」
「それは面目ない」
「いやっ、先輩を攻めてるわけじゃないんですけど……さっきだって昼休憩を返上しようとした先輩に、無理やり休憩に入らせたじゃないですか」
「…………なるほど、あれはそういう見方もあるのか」
篠崎主任が後輩として会社に入ってきて以来、口酸っぱく色々なことを注意されてきたリョウからすれば、その考え方は寝耳に水である。
「先輩だって篠崎主任に口うるさいなぁって印象は抱いても、苦手だ、嫌いだ、とまでは思わないですよね?」
「そうだな……」
「むしろ好きまであるとか?」
「まぁ、嫌いではないけどさ」
ーーバンバンバンバンバンっ!
後ろの席からテーブルを手のひらで軽く叩く音が何度も聞こえてくるのだが、一体何をしているのだろうか?
気になって後ろを見るけれど、ちょうど注文していた商品が届いたらしく音はすぐに止んでしまった。
ふむ……
疑問に思いながらも、リョウは目の前にいつ梶原くんとの会話に意識を戻す。
「篠崎主任って、根は優しいのに絶対に誤解される真面目な委員長タイプ。口うるさいのにどこか憎めない、寧ろ好きまであるキャラだと僕の中では分類分けされてます」
持論を展開する梶原くんに、リョウは少しだけ切り返しをする。
「ふーん、それじゃあおれが無理やりプロジェクトを手伝わされてるのも優しさ故か?」
「だと思いますよ」
「その結果平日残業してるのも?」
「それはー……」
「土曜返上で出勤する羽目になってるのも?」
「た、多分……」
「あはは、うけるー」
「……すみません、抑揚ない声でそのリアクションはちょっとキツいです」
「あーごめん、ごめん。ちょっとふざけた。……あ、どうも」
運ばれてきたトンカツ定食を机に並べてもらい、隅にある箸を二人分取って梶原くんに渡し、舌鼓を打つ。
「ふーん、そっかそっか。梶原くんは人を見る目があるのか。仕事に活かすならやっぱり営業、とかになるのかな」
「そうですね。特技……ってのほどのものでもないですけど、人を観察するのは好きです。例えばーー」
梶原くんは定食についてある味噌汁を啜っているリョウをじっと見つめ、鋭い眼差しで探偵のように見抜いてくる。
「先輩、最近彼女とかできたんじゃないですか? それも同棲するレベルの」
「ごふっ……!」
ーーバシャーンッ……!
「お、お客様! 大丈夫ですか!」
バケツに入った水をひっくり返したような音に、店内の注目がその犯人と思われる女性に集中した。
どうやらテーブル上においてあるピッチャーの中身を全てぶちまけてしまったらしい。
おしぼりでテーブルを拭きながら、自分よりもはるかに年下の店員にペコペコと平謝りするそのスーツ姿はどこかで見たことあるような……
「……篠崎主任、何やってるんですか?」
はい、その女性は見たことあるどころか、直属の上司で後輩でしたとさ。
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