第4話 正しいブラコンの拗らせ方






拝啓 


天国にいるお父様、お母様へ


お元気でしょうか?


おれは社畜としての日々を相も変わらずおくっておりますが、身体を壊すことはなく、それなりに元気です。


えぇ、人として最低限の生活は保てていると思っています。


え? こんなこと、この前の墓参りでも聞いたって?


知ってます。ただ導入くらい何か書いておかないと、この後話すことに二人の心臓が保たないと思ったので適当に書きました。


本題です。


この前の墓参りでは伝えられませんでしたが、つい先日、十年振りに生き別れた妹と再会することになりました。


うちの隣に引っ越してきました。


驚きです。


非常に驚いて、夜中にあげた叫び声のせいで大家様からお叱りを受けました、はい。


十年振りに会ったスズは、それはもう大変綺麗で可愛い女の子に成長していて、絵描きになるという自分の夢のため日々邁進しているそうです。


それだけでもう胸が一杯になって非常に喜ばしいことなのですが、今はその喜びを霞ませるほどの別の悩みがおれを襲ってきています。


父さん、母さん、教えてください。



「リョウにぃ、結婚しよっ!」



……年が十歳離れた妹に求婚された時は、どう対処するのが正解なのでしょうか?






時は少し遡る。



……

…………

………………



スズが隣に引っ越してきてから三日目。


リョウは今日も今日とて疲弊した体を引きずって帰路につき、家の鍵を取り出して薄暗い部屋へと……



「ん〜、リョウにぃ、おかえり〜」


「……ただいま」



帰ってくる居場所が誰もいない薄暗い部屋だったことなど、もはやまるで遠い過去の記憶の様。


明るく電気が点いた部屋に幾ばくかの安心感を感じながら、リョウは部屋へと入る。


そして部屋に入ってすぐ目に映るのは、我がもの顔でリョウのベッドでまったりと寛ぐスズの姿。


スズの引越し初日以来お決まりとなってしまった光景に、リョウは呆れてなにも言えず……



「って、また物が増えてる! 今度は何を持ってきた!」



……ということはない。


妹なのだからその辺は遠慮なく物申すことができる。


明らかに侵食されていく自分の居住スペースに、リョウはたまらずツッコミを入れるしかなかった。



「え、パジャマ、バスタオル、下着、歯ブラシ、というかお泊まり道具もろもろ……」


「なんで持ってきたっ? もう三日目でほんっとに今更だけどスズの部屋は隣だろっ」


「え〜、だって夜はこっちで過ごすのにわざわざ取りに帰るの二度手間かなって」



部屋を見渡せばベッドには大きなピンクのクッションとクマのぬいぐるみ。


テーブルの上ではアロマが焚かれ、ファッション雑誌やメイク道具も少々隅に置かれてある。


その上着替えが入った収納ケースまでもクローゼットの横に鎮座しているとなれば。



「逆に向こうには何が残ってるんだよっ」


「うーん、制服と、学校の勉強道具と、あとは画材とかかな。……あ、いっそのこと向こうをアトリエにしちゃえば全部解決?」


「何も解決してない! 家賃を出してもらってる親御さんに申し訳なさすぎるっ」


「リョウにぃ、リョウにぃ、スズがここに引っ越してきたのは絵に専念するためなんだよ? ということはつまり、隣の部屋を絵を描くこと専用の部屋にして、こっちで生活することは何も問題がないということになるんだよ! 分かるかね、ワトソン君?」



ベッドに座って足を組み、かけてもいない眼鏡をドヤ顔でくいっとするフリ。


そんなスズの様子にリョウはスズの物を一式まとめ、



「そんな屁理屈をこねくり回して親の支援を無下にするような子はうちに泊められません」



荷物を担ぎ出そうと玄関へ向かった。



「わぁー待って待ってリョウにぃ! 冗談、冗談だからぁ!」



担ぎ出そうとするリョウのベルトをスズが両手で掴み、ズルズルと引きずられている。


心なしか若干楽しそうなのは気のせいだろうか。



「いや〜♪ あはは〜滑る〜」



気のせいではない。


あまりの子供っぽさにため息一つ。


荷物を床へと置き、楽しそうにフローリングの床を滑っていたスズの両脚を脇に抱える。



「えっ?」



そして部屋の中央へと引きずり、そのまま自分を軸に遠心力でグルングルンと回転した。



「きゃーーー!!! あははははっ、目が回るぅ」



ーーグルングルングルン……ドサリ……


流石に何も鍛えてない体では十数秒が限界だ。


最後にはスズをベッドへと放り出し、リョウは床に手をついた。



「ぜぇ……はぁ…………しんど、いや重っ」


「あー! リョウにぃが言っちゃいけないこと言ったぁ!」


「はぁ……はぁ……え、何が……?」


「女の子に重いとか言っちゃいけないんだよ! たとえ重かったとしても、ちゃんと羽根のように軽いって言わないと! その辺のデリカシー分かってる!?」



ちまたでよく言われるやつか。


あんな歯の浮くようなセリフ、現実で実際にいう場面など訪れるものなのだろうか。



「あーはいはい、次から気をつけるよ」


「全くもうっ! …………あ、でもスズの身体はお兄ちゃんへの愛でできてるから、逆に重くても別に問題ないのかな?」


「何その考え方、別の意味で重い……」


「はいっ、てことでちゃんと受け止めてね!」


「ちょっ……」



ベッドの上から勢いよくリョウへと飛び乗り、猫のように頭をスリスリとしてくるスズを見てふと思う。


……っすーーー、この子、ブラコンを拗らせすぎではないだろうか?





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