第3話 三度目の正直の後には……
「落ち着いた?」
「あい……」
リョウがスズのことを忘れていたため、出会った直後に感動的な再会……とはならなかったけれど、そこは三度目の正直。
今朝の再会は華麗なスルー、帰宅直後はダイブからの階段転げ落ち、その二つを経て最後の最後でようやくスズのことを思い出したリョウに、スズはひどく涙した。
涙して、そのまま泣き疲れて胸元で寝息を立て始めた時には少々焦ったが。
「まぁ、寝たら流石に気持ちも落ち着くか」
「むー……」
膨れっ面になるスズ。
リョウは少しだけ意地悪に笑いながら、温め直したお湯で二人分のコーヒーを入れていた。
「リョウにぃが悪いんだよ。折角久しぶりに会えたのにスズのことを忘れてるから」
「うぐっ……それは、だって最後に会ったのは十年前だし」
「それでもスズはリョウにぃのこと、今朝一目見ただけで気付いたよ?」
「おれは十年前とそこまで顔も変わらないだろうけど、スズは違うだろ。おれの知ってるスズはショートヘアだったし」
「十年前はね」
「背だってこんくらい小さくて」
「十年前はね」
「こんなにべっぴんさんじゃなかったから」
「べ、べっぴん……じゅ、十年経ったから! そりゃあ女の子は綺麗になる生き物だもん! 変わって当然だよ!」
「そっかそっか。大きくなったんだなぁ」
微笑ましくなるリョウとは対照的に、捲し立てるように言葉を並べるスズ。
不自然なテンパリ具合を誤魔化すように、リョウが用意していたコーヒーを口に含んだ。
「うっ……に、にがぁ……」
「あ、ブラックは流石にキツかったか……ぇえと、砂糖とミルクまだあったっけな」
リョウはスズのカップを手に取り、廊下にあるキッチンへと移動する。
酒とコーヒーを嗜むため以外に使用されない冷蔵庫を漁り、目当てのものをすぐに見つけ出す。
「ん、そうだ」
それとこれまた最近は惣菜を温めることにしか使わない電子レンジが目に入り、折角来てくれたのだからと、唯一といってもいい趣味と特技を久しぶりに披露することにした。
「リョウにぃ、何してるの?」
キッチンでゴソゴソとしていると、待ちわびたスズがひょっこりと顔を覗かせてきた。
「ん〜、見てのお楽しみ……ってもう完成間近だけど」
リョウは新しく用意したカップにスズの飲みかけのコーヒーを注ぎ、温めたミルクを泡だててその上に注ぐ。
爪楊枝を一本取り出し、液面を思い描くようになぞっていけば……
「はい完成っと」
「わぁー! すごいすごい! 猫さんだ!」
スズははしゃいでカップを手に取り、テーブルの方へと戻って行った。
使った器具を水につけ、リョウもその後について行く。
「気に入った?」
「うん、とっても! リョウにぃ凄いね! こんなことできるなんて、可愛すぎて飲めないよ!」
「ちょっとした趣味だよ。前に隣人さんに教えてもらったことがあってね。道具も一式もらえたんだ」
「ほぇ〜……」
会話には心あらず。
テーブルの上に置いたカップを、目を爛々と輝かせて一心不乱に見入るスズにリョウはやはり微笑ましい思いになる。
「そういうところは変わらないな」
「え? 何が?」
「猫好きとか、甘いものが好きだとか」
「いやいや、猫嫌いで甘いものが嫌いな女の子の方が少ないよ」
「あとは、一度気に入ったものを見つけるとジッと見つめる癖だとか、集中してる時は心ここにあらずって感じとかさ」
「うぐっ……リョウにぃもスズが子供っぽいって言いたいわけ?」
「よく言われるのか?」
「学校の友達によく言われる」
「まっ、まだ子供だしいいんじゃない?」
「スズもう高校生だし! 子供じゃないもん!」
「いやいや、十六歳はまだ子供でしょ」
「むーっ、リョウにぃまでそうやってスズのこと子供扱いしてぇ!」
ムキになるスズの姿を見て、やっぱりまだまだ子供だと感じたリョウは温かい自分のコーヒーに口をつける。
「スズ、もう子供だって産める体だもん!」
「んぐっ……ぶふっ!」
「あっ、ちょっ、大丈夫? ぇえっと、ティッシュティッシュ」
「ケホコホっ!」
予想外のスズの返しに思わず気管にコーヒーが入り、むせて咳き込んでしまった。
飛び散ったコーヒーをスズからもらったティッシュで拭きながら、当然のことだと自分に言い聞かせる。
(あーうん、そうだよな。もう十六歳だったら子供だって産めるよな)
そんなリョウの少し焦った様子にスズはニヤリと。
「リョウにぃ、もしかしてスズの大人の色香に惑わされちゃったかな?」
「何言って……」
「いいんだよぉ、スズは大人のレィディだからリョウにぃが惑わされても。ほらほら、この悩殺ポーズをご覧あれ!」
スズは右手を頭の後ろに、左手の甲を腰に当て、バチコーンと大きなウィンクをして一世代前の悩殺ポーズをドヤ顔で披露する。
「……」
「あ、あれ? ほらほら……(ぱちっ)……(ぱちっ)」
思っていたリアクションを得られなかったのか、二度三度ウィンクを繰り返すけれどリョウは無表情で冷めた目のまま。
その反応にスズは悩殺ポーズをやめてしゅんとなる。
「コーヒー、冷める前に飲んじゃって」
「……あい」
ラテアートの猫が消えて無くなることに一瞬躊躇いながらも、スズはコクコクと甘くしたカフェオレを飲んだ。
「スズがもう十六歳ってことは高校生、だよな?」
「うん、この近くの美術高校に通ってるよ。今は二年生」
「美術……って絵を描いたりする?」
「そうだよ。スズ、将来は絵描きになりたいんだ!」
「そっかそっか。ちゃんと自分の夢があって偉いな」
「へへん。あ、見て見て! これ、スズが去年コンクールで賞を取った作品なんだけど……」
隣でスマホを手にはしゃぐ妹の姿に、リョウは感慨深い気持ちでいっぱいになる。
初めて会った時にはあんなに小さかった子が、こんなに大きくなって、自分の夢まで持って。
「ほんと、すごいな」
「えへへ。でしょでしょ?」
「今は春休み?」
「んーとね、今日で最後。また明日から始まるよ」
「そっか、なら遅くならないうちに家に帰らないとな」
「……え?」
リョウの言葉にスズは固まる。
「帰んなきゃ、ダメ?」
「そりゃあ……な」
スズが生き別れの妹であるとはいえ、今はスズを養子として引き取ってくれた別の家族がいるはずだ。
今のリョウはスズにとって元・兄でしかない。
長らくスズを引き留めておけば親御さんも心配するであろう。
「やだ」
「こらこら、わがままいうな」
「やだやだ。今日は泊まって行くもん。一緒に寝るもんっ」
「もんっ、じゃなくて。スズは大人なレィディなんだろ? おれの家にそんな大人な女性を泊める用意なんてないし、スズだって持ってきてないだろ」
「うぅーっ、リョウにぃの意地悪っ!」
「はいはい、意地悪でいいよ。送って行くから早く支度して」
リョウの言葉を受けて渋々。
ほんとに渋々ながらスズは重い腰を上げて玄関先まで移動した。
「ねぇ、リョウにぃ」
「なに?」
「帰る前に一つだけ聞きたいんだけど」
「うん」
スズはうるうるとした瞳でリョウを見上げる。
「また、ここに遊びに来てもいい?」
その問いにリョウは優しい微笑みを浮かべ。
「もちろん、いつでもおいで」
その答えにスズは花が咲いたような笑顔になった。
「さっ、だから今日は帰ろ」
「うん!」
リョウの言葉に満足したスズはウキウキ顔でドアを開く。
リョウも自分の靴を履き、二人して外へと出た。
「歩き? それとも自転車? 学校がこの近くってことは流石に電車は使わないよね?」
「使わない。使わない。歩いてすぐそこだから」
「そっか」
廊下を歩き出した二人のうち、スズがすぐに足を止めたのをリョウは不思議に思って振り返る。
「? スズ、どうかし……」
「着いたよ!」
「………………え?」
スズのセリフにリョウの思考がフリーズした。
「スズ、なに言って?」
「ここがスズのお家!」
そう言ってスズが笑顔で指差したのは、空き部屋で、今日新しい人が引っ越してきて、リョウの部屋の一つ隣の……
「はあぁあああああ!?!?!?」
「これからお隣さん同士よろしくねっ、お兄ちゃん♪」
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