第40話 甘い夜
“また練習する?”
とは、いったい何を練習するのだろうか。
目的はヘタレの克服なのだろうけど、何をどう練習したらヘタレを克服できるのだろうか。
「おいで
先に布団に入った愛依が両手を広げ、俺を誘う。
なんか、こやって改まると、布団に入るだけでも照れくさいものだ。
「こっち向いてね」
「……うん」
布団の中で向き合うと、愛依はじーっと俺のことを見つめた。
あんまり見つめられると、まだ恥ずかしい。
「壮一郎って、不思議な子だよね」
俺が不思議な子。
「えっ……なんで?」
普通になんで俺が不思議な子なのか、全然わかんないんだけど。
「普通は、あんなふうにできないよ?」
何の話しだ? 主語がないから分からない。
「
ああ……その件か。
「結構、
あの
「しかも最終的には香山先輩を庇って、あんな大勢の前で恥かいちゃったでしょ?」
「うん……本当に仕返しが怖かったから」
「それにしてもよ……もし、香山先輩がもっと悪人でさ、あの……全裸土下座とかもさせられてたらどうするつもりだったの?」
うん……愛依のいう通り、香山先輩が本物の悪で、全裸土下座させられてたら色々終わってたと思う。
「……多分してたと思う」
「ほら! 普通そんなこと……しないと思うんだよね」
多分、スイッチがはいっちゃったからだろうな。
「
「うん……」
「それも普通なかなかしないよ?」
未央の時も無我夢中でスイッチ入っちゃったんだよな。とにかく未央を傷つけたくなくて……あんな場所で土下座とか、普通にやばいやつだよな。
「まだまだあるよ」
そんなに?!
「ミッシー君の時もそう」
「え、ミッシーの時は普通じゃなかった?」
「いやいやいやいやいやいや、普通は半年間も寝たきりだった人の胸ぐら掴んだりしないから」
そうだった。
愛依が
「
あれは反省すべき点だったな。
いくら正しい行いでも、勝手にやっちゃだめだよね。
「刃物を持ったストーカーにも立ち向かうし」
うん……今思い出してもぞっとする。俺みたいなもやしっ子がよく立ち向かう気になったものだと。
「お姉ちゃんにあんなにもハッキリと物を言う人も見たことないしね」
「あははは……やっぱそうなんだ」
「お父さんだって、お姉ちゃんには頭あがらないんだよ」
そうなのか……確か2人のお父さんはシリコンバレーで大活躍しているクリエイターだったはず。そんな人でも敵わないのか。
「私に告白した時もそう……普段の壮一郎と違って……なんというか、男らしかった」
「え……それじゃぁ、普段の俺が男らしくないみたいじゃない?」
「みたいじゃなくてそうなのよ」
指先でおでこをツンとされた。
そして、愛依はクスクスと笑った。
「壮一郎と一緒に暮らしてから、まだそんなに経ってないけど……色々あったね」
確かに……愛依と住むまでの俺は何をやっていたんだってぐらい色々あった。
「こんなにも凄いことをしてきた、壮一郎が、何で恋愛の事になるとヘタレなんだろうね?」
「な……なんでだろ」
笑ってごまかすしか出来なかった。
「壮一郎……手を貸して」
愛依に言われるままに手を差し出した。すると愛依はその手を……、
「にゃぁぁぁぁぁっ!」
自分の胸にあてた。
多分人生最速の鼓動の速さだ。
俺の手を胸に当てたまま、頬を赤く染めて、じっと見つめる愛依。
「ねえ、壮一郎は……女の子の胸触ったりするの、やましいって思ってるんでしょ?」
確かに思っている。
「でも違うよ壮一郎……惹かれ合う男女が、お互いの身体を求め合うことは、やましいことでも何でもないんだよ?」
愛依……。
「ねえ壮一郎、私もこんなにもドキドキしてるし、恥ずかしいんだよ?」
手のひらから伝わる鼓動と体温。愛依が恥ずかしがっているのも緊張しているのも、この感覚で分かる。
「私ね、壮一郎が、凄いことをやってこられたのは、それが正しいと信じて、本気だったからだと思うの」
愛依の言う通りかもしれない。
「全部同じだよ。壮一郎はやればできる子なんだから、遠慮しないでもっと私に本気になって」
愛依に本気に……、
何か吹っ切れたような気がした。
「愛依……」
「壮一郎……」
ごく自然に体が動いた。
もちろんドキドキはする。
でも、今までのように、雑事が気になることもなく、俺は愛依と唇を重ねることが出来た。
そして、自らの意思で愛依の胸に手を触れた。
ようやく次のステップに進める。
そう思ったが……、
「ストップ! ストップ!」
愛依からストップがかかった。
「さっきも言ったけど……私まだ終わってないからね、今日はここまでだよ」
蛇の生殺しとでも言えばいいのだろうか。
結果、すごく悶々としてしまった。
「どう? 練習の成果は、次に活かせそう?」
そうだ、練習っていってたっけ……結局何の練習だったんだ。
愛依に聞いてみると、
「本気になる練習だよ」
と、屈託のない笑顔で答えてくれた。
「ねえ、壮一郎」
「うん?」
「もう一回、キスしよ」
俺が悶々とすることなどお構いなしに、愛依は何度も俺と唇を重ねた。
ひとり暮らしの寂しさに耐えかねて、SNSに同居人募集を出したあの時の俺は、まさか自分にこんな未来が待っているなんて、夢にも思わなかった。
あの糸車さんが愛依だってことも驚いたし、幼馴染のあの子が愛依だってことも驚いた。
俺と愛依は、運命の赤い糸で結ばれていたのかもしれない。
「壮一郎……私もしかしたらキス魔かもしれない……まだ我慢できる?」
できるか出来ないかと聞かれるとできるけど、いつ爆発しても不思議ではない。
キスより先には進めなかったけど、キスが少しうまくなった夜だった。
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