第37話 溜まってへん?

「ねえ壮一郎そういちろう、溜まってへん?」

「「「え」」」

 唐突に飛び出した未央みおの爆弾発言。

 確かに愛依いといと同棲してから、毎晩のように強い刺激を全身に受けていて、そんな気がしなくもないけど……それ、言っちゃう? このタイミングで? この場所で?


「そ、そうなの壮一郎?」

 そうなのとか聞かれても、答えに困る。


「そ……壮一郎がピンチなら、あーし協力してあげても」

 いやいやいや、それはマズいだろ!

 ていうか、今朝の財部たからべ先輩可愛い過ぎるんだよな……そんなしおらしくされると反応に困る。


「そ……そんなこと、ないと思うけど」

 “はい溜まってます”とは口が裂けても言えず、ていのいい答えぐらいしか返せない俺。


「そお、目の下とかクマ凄いよ?」

 うん……それは慢性的に寝不足だから。


「絶対溜まってると思うんやけどね」

 目の下のクマってそれの合図なの?


「疲れが」

「「「そっち!」」」

 3人揃って突っ込んでしまった。


「あれ〜、3人ともなんだと思った?」

 悪戯っ子のような微笑みを見せる未央。

 絶対わざとだ。


「あはは……」

 俺は笑ってごまかした。

「何でもないですよ……」

 愛依は適当に取り繕った。

「そ……それは……」

 財部先輩はまともに取り合ったのか、顔を真っ赤にしてモジモジしていた。

 昨日とのギャップが凄い。


「ま、冗談は置いといて、ちゃんと身体休めなよ? 昨日のあれも、普通の出来事じゃないんやし」

「う、うん……ありがとう未央」

 なんだかんだ心配してくれてたんだ。心遣いが嬉しい。

 そして、財部先輩が羨ましそうにこっちを見ていた。


「……あーしも」

 そんな声が聞こえた気がした。


「壮一郎に名前で呼ばせるのはハードルが高いよ! ねー愛依ちゃん」

 空耳ではなかったようだ。

 ていうか……ハードルが高いって。


「ま……まあ、そうですね」

 認めちゃった!


「そ……そうなんや」

 落ち込んじゃった!


 そんなやりとりをしながら学校へ向かう俺達。



 ——予想はしていたけど、学校に近付き、生徒達が増えるにしたがって、俺たちは注目を集め始めた。


 だって学年ナンバーワン美少女が揃い踏みなんだもん。しかも財部先輩は芸能人!


 まあ、何よりも……連れ立って歩いている男が俺ってことだろう。

 華のある3人の中に俺。

 違和感が凄い。


 愛依と2人の時は羨望の眼差しに浸る余裕もあった。でも、ここまでくると視線が痛い。少し恐怖感すらある。


「おはよう、愛……依」

「おはようひな

 なにせ、いつものノリで声をかけた青戸あおとが固まってしまうほどだ。


「愛依ちゃん彼女は?」

「私と壮一郎のクラスメイトの青戸雛子です」

「そう、雛ちゃんでいいのかな? よろしくね」

「よ、よ、よ、よろしくです! 貞方先輩」

「未央でいいよ、雛ちゃん」

「はい! 未央先輩」

「雛ちゃん、よろしく」

「よ、よ、よろしくです! 財部先輩!」

「あーしも、優梨でいいよ」

「はい! 優梨先輩」

 いつもはズカズカと入ってくる青戸も流石に今日は勝手がちがうらしい。

 ていうか、こんなにも緊張している青戸をはじめて見た。やっぱ女同士でも、この2人を前にしたらあがってしまうものなのか。

 じゃぁ、男の俺があがってしまうのは極々当然のことなんだな。


「ちょっとクッシー」

「うん?」

 青戸が俺を呼びつけ、

「こ……これ、どんな状況?」

 ヒソヒソ話しで聞いてきた。


「まあ、色々あって」

 としか答えられなかった。


「色々あってじゃないやん、なんで3大美少女にあんたがシレッと混じってるのよ」

「いきがかり上っていうか……なんかね」

「いきがかり上って……」


「どうしたの2人とも?」

「いや、なんでもないねんで!」

 当の本人達は全く自覚なしだ。


 青戸はまあ、驚くだけで済むかもしれないけど、俺は違う。

 3大美少女に引けをとらない青戸が加わったことで、さらに厳しい視線が向けられるようになった。

 

 通学だけでこんなにもすり減るとは思わなかった。



 ***



 教室についても熱い視線は変わらなかった。

 何せ昨日、財部先輩が盛大に爆弾を投下していったのだ。事の顛末てんまつはクラスの連中も気になるだろうけど、その辺は愛依がうまくやってくれるはずだ。


「ういっすツナ!」

「ちっすミッシー」



 え……。


「み……ミッシー?」

「おう、ツナ……久しぶりだな」

 な……なんて事だ。

 ミッシーが……ミッシーが……ミッシーが!


「ミッシー!」

 俺は嬉しさのあまりミッシーに抱きついてしまった。


「おいおい、ツナ、痛いって、俺まだ病み上がりなんやで」

「ごめんミッシー……でも俺」

「つーか、教室で泣くなよ……なんか俺まで恥ずかしいやん」

 思わず涙が溢れ出た。


「今日から、また一緒やな」

「うん……おかえりミッシー」

 やっと親友が帰ってきた。


「それはそうとツナ……お前また面白いことになってたな?」

「面白いことって?」

「なに、しらこい事言ってんねん。みたぞ、財部先輩」

 今朝の事ことか。


「見てたなら声かけてくれてもいいじゃん」

「いや……あれは流石に無理やわ……俺にはあの視線耐えれられん」

 確かに今日の視線は尋常じゃなかった。


「でもやるな、お前! 3大美少女を全員攻略するなんて」

 こ……攻略?


「攻略とか変な言い方するなよ」

「悪りい、悪りい、でも、とどろきさんは彼女やろ? 貞方先輩はその前からお前のこと好きみたいやし、それに財部先輩も完全にそんな目でお前の事みてたやん」

「え……まじで」

「お前……あの分かりやすいの気付かないなんて、相当鈍いぞ?」

 そ……そうなのか。だから余計に視線が痛かった?


「ま、お前といたら3年間楽しく過ごせそうやよ」

「ミッシー……」

 帰ってきてくれたのは嬉しいけど、出席日数とか大丈夫なんだろうか。うち、一応進学校だし。


「ミッシー……結構休んでたじゃん。進級って大丈夫なの?」

「ああ、それなら大丈夫! 俺頭いいから、試験の成績プラス補習で何とかしてくれるって話しになってる」

「あはは、頭いいって自分から言うか?」

「誰も言ってくれないからな!」

 やっとだ……やっと帰ってきた俺の日常。


「とにかく今日からまたよろしくな、ツナ!」

「うん、ミッシー!」

 

 ミッシーとがっしり握手を交わしたところで、愛依がこっちに来て会話に参加してきた。


「ミッシーくん、退院おめでとう」

「あ、轟さん、ありがとう。それと、あだ名に“くん”付けされるのは、こそばゆいからミッシーって呼んでよ」

「そお? ミッシーくんって可愛いと思うけど」

「あはは、ならそのままでいいよ」

「うん、ミッシーくん壮一郎共々よろしくね」

「こちらこそ」


 親友がいて、彼女がいて、頼れる先輩達がいて……なんか俺の高校生活充実してね?


「そうだ、ツナ、轟さん。今度暇な日さ、家に来ない? うちの家族がさ、是非2人にお礼をしたいって」


 ミッシーの家……友達の家!

 行きたい! 行ってみたい!


「特に姉ちゃんが、お前に会いたがってたぜ」

 祐実ゆみさんが俺に?


「轟さんも色々大変やね」

「う……うん」

「え、何それ?」

「お前がそんなんだからだよ」

 ミッシーに背中をバンっと叩かれた。


 何となく分かるような分からないような、曖昧な感じだったけど、そんなことよりもミッシーが帰ってきて嬉しい俺だった。


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