第34話 私、ヤキモチ嫌いじゃないよ?
「ごめん、先に何か飲んでいい?」
「うん、それはいいけど」
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一気に飲み干した。
喉も乾いていたし、口の中もカラカラだった。
あんなにアドレナリンが出たのは、おそらく人生で初めてだ。
思い出すだけで身震いする。
あの時の俺の勇気を称えたい。
「ちょ、ちょっと何かあったの?」
普段と様子の違う俺に、
「うん、何かあった……まあ、結果から言うと、
「聞かせてくれるんだよね?」
「もちろん……」
俺は事件の一部始終を愛依に話した。
愛依は冷静に話を聞いていたが、話終わると俺をぎゅーっと抱きしめ、
「バカぁ」とこぼした。
愛依はしばらく、俺を抱きしめたままでいた。
身体は小刻みに震えていて、泣いているようにも感じた。
今日、俺が取った行動が、間違えていたとは思わない。
愛依にも
だからと言って、それを素直に認められるほど、人の心はシンプルではないのだと実感する。
だから俺は嘘をつく、
「ごめん愛依……こんな無茶はもうこれっきりにする」
同じ場面に遭遇したら、俺はまた同じことをする。
でも、今の愛依に、そんな事は口が裂けても言えない。
「
「うん?」
「財部先輩の匂いがついてるよ……」
やや怒り気味のトーンだった。
もしかして、怒りに震えていた?
やっぱり人の心はシンプルではない!
「今夜は覚悟してね」
なんだろう、これは何かのご褒美宣言なのだろうか。
——しかし、どんな時でもお腹は空く。
とりあえず食事にした。
俺がふたりを送りに行っている間に、愛依が塩焼きそばを作っておいてくれたらしい。
この塩焼きそばが、またヤバかった。
「美味い!」
「ありがとう」
語彙力のない俺の率直な感想に、やっと笑顔が戻った愛依。
まさに笑顔を呼ぶ塩焼きそばだった。
しかし、美味い……これは中毒性も相当だ。いま食べ終わったばかりなのに、もう食べたいと思っている。
「ねえ、今日は洗い物少ないし、私だけでやるよ」
確かに2人で洗うほどはない。
「じゃぁ、俺、お風呂いれてくるよ」
「うん、今日は壮一郎が先に入ってね。私シャワーだけでいいし」
あれ? 今日は誘ってくれないんだ。
誘って貰っても一緒に入る勇気はないんだけど、少し寂しい気持ちになった。
それにシャワーだけとか、珍しいな。
「じゃ、今日は俺もシャワーだけにするよ」
そんなわけで俺は手早くシャワーを済ませた。
そして愛依がシャワーを浴びている間にマシンをチェックすると……、
“捜査協力感謝する。
近いうちに会いに行く”
牧野さんからこんな内容のメールが届いていた。
SPの事とか財部先輩の事とか、言いたい事は山ほどある……でも、俺は牧野さんが苦手だ。
あの人の前では言いたいことが言えない。
牧野さんは、実力行使系の
牧野さんはその豪快さで有耶無耶の間に物事を決着してしまう天才なのだ。
俺はそれが……マジで苦手なのだ。
平野さん、牧野さん、未央のパパの
気を取り直して、チェックついでに、めっちゃ久しぶりにSNSを開いた。
……俺と愛依が最近浮上していなかったもんで、共通で仲の良いフォロワーさんが、とても寂しがっていた。
これは一度、愛依と話さないとな……SNS上の繋がりとはいえ、みんな仲間だ。
話しといえば……ご両親との挨拶の件も、相談しないと……、
そんなことを考えているとドライヤーの音が聞こえてきた。
俺はリビングに戻り布団を敷き、愛依を待った。
****
「壮一郎ありがとう布団敷いといてくれたんだ」
「うん」
冷蔵庫から飲み物を取り出し、ソファーでくつろぐ愛依。
「愛依、こんなタイミングでなんだけど、ちょっと2つほど話しがあるんだ」
「話し? 何?」
まずは、比較的ライトなSNSのことから話そう。
「最近俺らさ、SNSに浮上してないじゃん? さっきちらっと覗いたら、皆んな寂しがってたんだ」
「あっ、そういえばそうね」
「俺さ、愛依にもだけど、皆んなの励ましに結構支えられたんだよね……また、頃合い見て浮上しようよ」
「うん、分かった……ていうか、それなら今でいいんじゃない?」
それもそうだな。
「だよね、じゃぁ早速、呟くよ」
「私も」
2人で並んで座ってスマホをいじる。
SNSがきっかけで同棲を始めた俺たちなら、もっと早くに訪れても良かったシチュエーションだと思うけど、案外機会がなかった。
ていうか、久しぶり過ぎてなんて呟いていいか分からない……なんて思ってると、早速、愛依が呟いた。
『やっほー! お久』
超シンプル!
とりあえず、糸車さんに『お久!』と返信しておいた。
「ありゃ、ダメじゃん壮一郎、こんなタイミングで返信したら」
「え……なんで?」
その答えは直ぐに分かった。
『あれ? 糸ちゃんとツナっち一緒に居るの?』
「ほら……」
「あ……そっか……浮上しなくなったタイミングも浮上したタイミングも一緒なら怪しまれちゃうよね」
「そうだよ、しかも返信だし」
完全にノーマークだった。
「変なところ頭回るのに、こういうのはダメなんだね」
「ごめん……」
「いいよ、謝るようなことじゃないし、悪ノリしちゃお」
「え」
愛依はニヤニヤしながら投稿を続けた。
『そだよ! いまツナっちの隣にいるよ!』
悪ノリってこういうことだったのか。
「皆んなめっちゃ釣られてるよ、楽しい」
釣られてるというか……事実なんだけどね。
「ねえ、壮一郎……これなんて返せばいい?」
「ん」
スレッドを見ると、
『ツナっちってイケメン?』
とあった。
「え……えと、ここは愛依の素直気持ちで」
「そう」
超絶笑顔だった。
愛依がなんて返すかドキドキしながらスレッドを眺めていると、
『実はさ……ツナっち、めっちゃ巨乳の美少女だったよ』
え……性転換させられてしまった。
しかも巨乳とか!
「い……愛依、これは!?」
「いいじゃん、いいじゃん」
愛依は凄く楽しそうだった。画面の向こうではこんな顔でやりとりしていたのかと思うと、感慨深いものがあった。
そして愛依が急に胸を寄せて、谷間辺りを自撮りしはじめた。
「愛依? それ何するの?」
「リクエストに応えようと思って」
スレッドを見ると、
『巨乳の証拠プリーズ』
とあった。
「だ……ダメだよ愛依!」
「なんで? 全然いやらしくもないよ?」
確かにそんなに際どくもない……それでも!
「ダメだ! 絶対ダメ!」
「なんで?」
小悪魔のような表情で俺の顔を覗き込む愛依。
「だって……」
「だって何?」
「……だって」
「リクエストに応えてこようかな」
「あ——っ! ダメだって!」
「なんで?」
絶対わかってるくせに小首を傾げて俺の答えを待つ愛依。
「い……愛依は」
「愛依は?」
「愛依は……俺だけの愛依だから」
「だから?」
え……これ以上?
な……なんて言えば正解なんだ?
「じゃぁ、投稿しちゃおかな」
ヤメて、マジヤメて!
「嫌なんだ! そんな格好の愛依を他のやつに見られるのが!」
ニヤニヤとこっちを見る愛依。
「壮一郎は、嫌なんだ?」
「う……うん」
「今日は、許してあげるね」
愛依は俺の首に腕を巻きつけるように抱きついてきて、唇を奪った。
「私……ヤキモチ嫌いじゃないよ」
今日の愛依はなんか……あざとい。
しかし、このちょっとイチャラブしている間に、俺達の想像していない方向に事態は進展していた。
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