第33話 アホっ!

優梨ゆうり未央みお、逃げて!」

「む……無理!」

 突然の出来事に2人とも足がすくんで動けないでいる。

 俺もガタガタと足が震えている。

 この状況で何か出来ること……、

 俺はとりあえず、上着を脱いで腕にぐるぐる巻きにした。


 刺されたらアウトだが、切り付けられる分にはこれで、防げるだろう。

 後は出来るだけ、2人から注意を逸らしたい。

 

 ……俺とストーカー野郎の間で、しばらく睨み合いが続いた。


 しかし、なんだ、あいつ……ナイフまで出して“えぐっちゃうぞ”とか言ったくせに全然襲って来ないじゃないか。

 まあ、襲われないにこしたことはないんだけど、もしかして、あのストーカー野郎……俺にビビってる?


 でも、相変わらず目はイったままだ。

 読めねぇ……。


 とにかく2人に危害が及ぶのは避けたい。

 俺はヤツを睨んだまま、少しでも2人から離れることにした。


 2人から少し距離を取るとストーカー野郎は何かブツブツと言いはじめた。


「許さない、許さない、許さない、許さない、許さない! 何でこんな男に呼び捨てを許すんだ、優梨!」

 え、そこ?

 いや、いや、そこじゃ無いっしょ?

 俺、彼氏って言ったよ!


 ……いや、突っ込んでる場合じゃないな……注意が財部たからべ先輩に向いてしまっている。

 もう一度ヤツの注意を、俺に引きつけないと。


「おい、ストーカー野郎! お前のIP擬装、随分幼稚だったな! 

 それに優梨のスマホに仕組んだあのモジュールはなんだ? 

 あれじゃ、見つけてくれって言ってるようなもんじゃないか!」

 取り敢えず今あるネタで煽ってみた。

 ……乗ってこい。


「や、やかましい!」


 よし、ひとまず意識がこっちに向いた。

 もうひと煽り!


「さっき、俺ん家にしてきた攻撃もそうだよ、普通に逆探出来たけど、お前ちゃんと理解してやってる?」

「嘘つけ! ぎゃ、逆探なんかできわけあらへん!」

 ヤツはかなり動揺している。

「嘘なもんか、よかったら教えてやろうか? お前のIPアドレス……」

「……」

 俺は“うぐぐっ”となっているストーカー野郎に、逆探知したIPアドレスを言ってやった。


 ストーカー野郎は愕然とし、

「嘘だ……嘘だ……嘘だ……そんなハズはない!」

 膝から崩れ落ちた。もしかして助かった?


「ぼ……僕は天才なんや……だから僕に相応しい彼女が……」

 なんて思っていたら、また、なんかブツブツと呟きはじめた。

 本当に予測不能だ。俺はしばらく様子を見守った。

 そして……、

「お前や……全部、お前のせいや……」

 完全にターゲットを俺に向けることに成功した。

 物凄い形相で俺を睨んでいる。


「お前さえ……お前さえおらんかったら、全部上手くいったんや!」

「いくかっ!」

 反射的に突っこんでしまった。

 俺も大阪に染まって来たか?

 

 違——う! 

 そんな事を考えている場合じゃない!

 ストーカー野郎は、俺を睨みつけたまま、ゆっくりとこっちに向かって来る。

 そしてナイフを持つ手を振り上げでいる。


 よし……刺突しとつじゃない。

 これで初手しょては何とかなるだろう。

 問題は、その後、ヤツからナイフを奪えるかだ。

 めっちゃドキドキする。

 めっちゃ嫌なドキドキだ。

 手足はめっちゃ震える……怖い……めっちゃ怖い……でも俺は男だ。

 怖いけどやるしかない。

 覚悟を決めろ俺!


 ……だが、ヤツが俺に辿り着ける事はなかった。


「確保!」


 暗闇の中から10人ほどのSPが現れて、あっという間にヤツの身柄を確保した。


 振り返ると、未央と財部先輩もSPに保護されていた。

 ……ていうか、何事?


忽那くつな君久しぶり」

 そして見覚えのある人物が近付いて来た。

 確かあの人は……、

「覚えてるかな? 水月すいげつよ」

 そうだ、牧野さんと一緒にいた20代半ばぐらいで、めっちゃ足が綺麗だった美人さんだ。

 今日はパンツスタイルか……残念。


「お、覚えています。ご無沙汰しています」

「そんな、かしこまった挨拶は抜きでいいわ」

 とはいえ、年長者だしね。


「あの……水月さん……これはどう言う事でしょうか?」

「あれ? 牧野さんに聞いてない?」

「いえ、何にも」

 水月さんは大きくため息をついた。

 そして続けた。

「君には警視庁のお偉いさんからの要請で、24時間態勢で警護チームが付いているのよ」

 

 は……何それ?

 警護チームって何?

 ……全く知らなかったんだけど。


「え……偉いさんって牧野さんですか?」

「もっと偉いさんよ」

 ニヤニヤしながら答える水月さん。


「な……なんで、そんな事になってるんですか?」

「え、そりゃ、君の身に何かあると我が国のサイバー犯罪対策が10年遅れるからじゃないの? 皆んな君が高校を卒業するのを、心待ちにしてるわよ?」


 うそん……いつの間にそんな事に。


「まるで要人じゃないですか……」

「あれ? 知らなかったの? 君は既に我が国の要人よ」


 ……信じないぞ、俺はそんなこと。

 ……これは、きっと何かの冗談だ。

 俺はただの高校生なんだ。

 さっき牧野さんにデータ送ったんだし、それで水月さん達を出動させてくれたに違いない。


「まあ、そんなわけだから、彼女を守りたいのは分かるけど、自分自身も大切にしてね」

 水月さんに、バンと背中を叩かれ、財部先輩と未央の前に押し出された。

 彼女って……さっきのストーカー野郎とのやりとりで勘違いされたのか。

 財部先輩は彼女じゃないんだけど……、

 そんなことお構いなしにウィンクしながらグッドサインを送ってくれる水月さん。

 ……ま、いっか。


 ふたりとも今にも泣き出しそうな顔で、俺を見ていた。

 無我夢中で分からなかったけど、心配をかけてしまったかもしれない。


「ふたりとも無事でよかった」

 そんなふたりに、俺はありきたりな言葉しかかける事ができなかった。


「アホっ!」

 声をかけるなり、財部先輩に怒られてしまった。

 そして……、

「あんなんアカン、もし、あれで壮一郎が怪我でもしてたら、あーし、とどろきちゃんに、なんて言うたらええか分からへんやん」

 財部先輩は俺の胸に頭をつけて、泣いた。


「壮一郎、ほんま、ありがとう……ウチら一歩も動かれへんかった……でも、今度こんなんあったら逃げてな? ウチも壮一郎になんかあったら嫌や」

 そう言いながら、未央は俺の手を取った。


 やっぱり2人には相当心配をかけたようだ。

 でも……、

「無理ですよ、俺は男ですから。女の子を置いて逃げるなんてできません」

 ここは逆らわせてもらった。


「格好つけんな」

 未央に軽く手をつねられた。


 ……財部先輩は何も言わなかった。

 俺たちは財部先輩が落ち着くまでこのままでいた。


 ——「忽那君、今日はそのまま帰っていいよ、後日出頭お願いするかもだどね」


 まあ、いろいろあったけど、警察からも開放されて、やっと一件落着だ。


 財部先輩は未央ん家に泊まるってことで、俺はふたりを未央ん家まで送った。



 ***



 そして、やっと愛依いといの待つ家に帰って来た。

「ただいま!」

「おかえり、随分遅かった……ね」

 玄関まで出迎えてくれた愛依の表情が曇った。


「……ねえ壮一郎、なんでファンデがまたここについているのかな?」

 威圧の笑顔にすらならず、素の表情で財部先輩が寄り掛かっていた箇所をツンツンと突く愛依。


 今までで1番怖いかも知れない。


「いや……これには事情があって」

「どんな事情かな? 詳しく聞かせてくれるかな?」

「……はい」


 今日も長い夜だ。

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