第29話 嵐

壮一郎そういちろう

「ん……んぐっ!」


 おはようの挨拶の後に待っていたのはモーニンちゅーだった。

 なんて幸福な朝だ。

 これが……本物の恋人同士の朝なのか!


 ついに本物の恋人同士になった俺達。

 何気ない朝の一幕も、昨日までとはまるで違う。

 

「私……朝食の支度してくるね」

「あ、うん、ありがとう」


 キッチンに立つ愛依……昨日までは、ただ見ている事しかできなかった。


 でも、今日からは、

愛依いとい……いつもありがとうね」

 後ろから抱きしめることだって出来る。


「ちょっと……どうしたのよイキナリ」

「朝の幸せを実感してるんだよ」

「も……もう!」

 愛依は照れ臭そうにキスで応えてくれた。

 なんだろうこれ……幸せすぎるんだけど。


 学校に行きたくない。

 ずっと愛依とイチャイチャしていたい。

 これからはこの気持ちを抑えるのが大変になりそうだ。



 ***



 いつもの通学路——————

「おはよう愛依、ついでにクッシーも」

 いつものように声を掛けてくる青戸。


「おはようひな

「おはよう青戸あおと!」

「ん?」

 ただ挨拶を返しただけなのに、青戸は首を傾げ不思議そうに俺を見つめる。


「どうしたん、クッシー?」

「え……何が?」

「挨拶……いつも挨拶しても何も応えんやん」

「あれ……そうだっけ?」

 

 全然意識してなかった。

 むしろ毎日元気に挨拶してしてるつもりだった。

「ねえ、何か良いことあった?」

 俺の顔を覗き込む青戸。

 近い、近いって! 


「えーと……」

 もちろん良いことはあった。

 なんてったって愛依と本物の恋人になったのだから良いことがないはずない。

 でも、ずっと恋人のフリしてたから、今更付き合いましたとも言えないし……、

 なんて答えるのが正解なんだ。


「まあ、色々あったのよ」

 むにむにしている俺に愛依が助け舟を出してくれた。


「色々って何?」

 ニヤニヤしながら詳細を聞き出そうとする青戸。


「野暮なこと聞かないの」

「え、野暮な事って……あんたらまさか?」

 赤面して狼狽うろたえる青戸、いったいナニを想像したんだ。


「ち……違うって、そんなんじゃないの」

 答える愛依も赤面する。


 もしかして、この会話……アレのことなのだろうか。

 なんか俺も顔がぽーっとしてきた。


「愛依! ついに大人になってしまったのね!」

「だから、違うって!」

「いやあ、私は嬉しいよ、あの愛依が」

「だ〜か〜ら〜」

「ムキになるところが怪しいなぁ」

 こんなにタジタジになっている愛依……はじめてみた。

「もう!」

 愛依は仕方ないなといった感じで、青戸になにか耳打ちした。

 

 青戸はうんうんと納得している様子だった。

 何を言ったんだろう。


 そして、

「そっかそっか、それはクッシーも大変やったね」

 ニヤニヤしながらばんばんと背中を叩かれた。

 本当に何を言ったんだろう。


「ていうか、アンタ達、毎日一緒やよね? どっかで待ち合わせでもしてるん?」

 待ち合わせも何も、一緒に住んで……ってそれは言えないか。

 愛依を見ると、少しもじもじしてた。

 いくら愛依でも毎回そんな即座にごまかせないだろう。

 ここは俺が……、

「愛依がいつも迎えに来てくれるんだよ」

「そっそうなのよっ!」

「へー……案外、健気けなげなんやね」


 無理やり誤魔化した感満載だったけど、青戸はあっさり納得してくれた。


「でも、愛依んって結構大阪の果ての方じゃなかったっけ?」

 大阪の果てって……どこだよ。


「う、うん」

「毎日大変だね」

「な……馴れだよ」

 親友に嘘をつくのは辛そうだな。青戸には本当のこと言っちゃまずいのか?


「愛だね、愛」

「ま……まあね」

 愛……なんだろう、とても気恥ずかしい。


 ていうか……愛依の実家ってどこだ?

 大阪の果てって、南エリア? 北エリア?


 ……もしかして俺、愛依のパーソナルデータ、何も知らないんじゃない?

 毎日色々あったとは言え……これはマズいんじゃなかろうか。

 いずれ挨拶にも行かなきゃならないんだし……、

 いや……挨拶は直ぐに行かないとダメか。


 流石の俺も付き合うだけで挨拶に行くってほど真面目ではないけど、付き合って同棲ってなると話は別だよな。

 ご両親は海外出張だって聞いているけど、オンラインミーティングツールを使ってでも挨拶するべきなんじゃないか?


 まあ、どっちにしても、今する話じゃないな。

 学校から帰ってからじっくり話すことにしよう。



 ***



 今日も教室にミッシーはいなかった。

 ボッチは慣れてるけど、やっぱり毎日話してたミッシーがいないのは特別に寂しい。


 せめて愛依と席が近かったらな……そんなことを考えていると。


「お……おい、忽那くつな、お客さん」

 誰かが俺を訪ねて教室に来たようだ。

 もしかして、ミッシー?

 実は別のクラスだったとか?


 妙に教室がざわざわし始めた。ミッシーイケメンだから女子が“誰これ?”ってなっているのかと思ったが、違った。


「あんたが、忽那壮一郎?」

 だらんと机のに寝そべる俺の目の前に、女子の太腿が! なんで? これスカートの丈短すぎじゃね?

 と思いながら視線を上げると、とんでもない美少女が俺を見下ろしていた。


 背中にかかるぐらいのサラサラの明るい髪。

 ちょっとつり目だけど、ぱっちり二重と大きな涙袋で、とても優しい印象の瞳。

 そしてグロスで強調された愛依にも負けないぐらいの、ぷるんとした唇。

 鼻はそんなに高くないけど……逆にそれが可愛い!


 だ……誰だこの美少女。

 いったい俺に何の用なんだ?


 ん……ていうか、この子……どこかで見たことがある気が……。


財部たからべ 優梨ゆうりよ」

 財部優梨……俺の知り合いに、そんな名前の子はいないけど……、


 って、違う! 違う違う! そうじゃない!

 財部優梨といえば……現役のご当地アイドルで、テレビにもバンバンでまくっている売れっ子芸能人じゃないか!


 そして、たしか我が学園2年生、ナンバーワン美少女。

 そ……その財部優梨がなんで俺のところに?


「牧野って人から聞いてきたんだけど」

 ……牧野さんの紹介。

 なんか嫌な予感がするんだけど。


「壮一郎、アンタ一人暮らししてるんやよね?」

「え、ええまあ」

 今は1人じゃないけど……ていうか、いきなり呼び捨て!

「今日から、あーし、アンタんに住むから、よろしく」


 は……はぁ————————————っ!


 どよめく教室、動揺する俺。

 そして……、

 めっちゃ愛依が睨んでます!

 

 愛依が凄い目つきで呪文のように何かぶつぶつ言っているようだったけど、俺は首を横に降るしか出来なかった。


「じゃぁ、放課後またくるわ」


 財部優梨は嵐を残して去っていった。

 ど……どゆこと?

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