第28話 好きとキス

 お風呂はお預けになった。

 それはいい。

 それはいいんだけど、俺の悶々とした夜はまだ終わっていない。


 むしろここからが始まりだ。


 いつもなら抱き枕にされつつも、なんとかやり過ごして眠りにつく。

 しかし今日はいつもの夜じゃない。

 交際初夜……付き合って初めての特別な夜だ。


 俺はこの特別な夜を、いつものように、やり過ごすことが出来るのだろうか?

 というより、いつもと同じように、やり過ごしてもいいのだろうか?


 自問自答しつつ、その時を待った。


 ——そして、いよいよ就寝時間。

 布団の上で正座して向き合う俺達。


壮一郎そういちろう……あのね」

「うん」

 愛依いとい、改まってなんだろう。

 心なしか頬を赤く染めモジモジしている。

「私、来ちゃった……ごめんね」

 来ちゃった? 何が?


「さ、寝よ」

 それだけ告げると愛依はいつものように床についた。

 俺もそれに続いた。

 いよいよ交際初夜のはじまりだ!


「……」


 しばらく沈黙が続いた。

 どうしよう……意識しすぎて何を話していいのかわからない。


 俺がもじもじしていると、愛依が話しかけてくれた。

「私たち……本当の恋人同士になっちゃったね」

 天井を見上げて話す愛依。目がキラキラしてて凄く可愛い。


「うん……」

「“恋人のフリはもうやめよう”って言われた時は、かなりショックだったな……めっちゃ悲しかったし」

 愛依……。


「でも、その後“本物の恋人になりたい”って告白されて……びっくりして心臓が止まっちゃうかと思ったよ」

 そんなふうに思われていて、俺がびっくりして心臓が止まりそうだよ。

 

 人の気持ちなんて聞いてみないと分からないもんだな。


「ねえ壮一郎」

 愛依はこっちに向き直した。

「なに?」

 やっぱ顔が違い……色々気になってしまう。


「私のどこが良かったの?」

 ……どこが……って、考えたこともなかった。

 ていうか、この質問って、彼女に聞かれて困るランキング、かなり上位だよね。


 きっかけは可愛いからだけど……それって素直に答えていいものじゃないよね?

 こんな場合、外見的なことじゃなくて内面的なことだよね?

 内面っといえば、糸車さんとの付き合いがあったからだけど、なんかそれも違う気がする。

 全部っていうのも愛依の全部を知っているわけじゃないから違う気がするし……、

 ダメだ、何を言っても正解にならない気がするのは俺だけだろうか。


 よし、ここは思い切って正直に答えよう。

 好きって気持ちを、言い訳っぽく受け止められたくない。


「分からない……」


 言った……言ったぞ! 

 言いにくかったけど、これが本当の本当、正直な気持ちだ。

 

 でも、愛依は何も言わず俺を見つめていた。

 軽く微笑んでいる気もする。


 きっと、これに続く言葉を待っているんだよな。やっぱ分からないじゃダメか。


 よし、俺は続けた。

 本音第二弾!


「可愛いから、ずっといいなって思っていたのもあるし……SNSでの付き合いもあるし、一緒に暮らすようになってどんどん、感情が入っていったのもあると思う……だからどこが、好きとかじゃなくて……」

 ダメだやっぱりうまく伝えられない。


「気がついたら、一番好きになってた……じゃだめかな?」


 愛依はしばらく黙って俺を見つめていた。


「ううん、ダメじゃないよ……ありがとう壮一郎」

 よっしゃ及第点!

 心の中でガッツポーズをとった。


「こんなこと言ったら、怒られるかもだけど……未央みお先輩のこととか……考えなかったの?」

 愛依が未央を不安に思う気持ちは分かる。

 俺はそのことを全部正直に話していたのだから。


 でも……「考えなかったよ、愛依しか見えてなかった」

未羽みうちゃんのこと押し倒してたのに?」

「いや、だからあれは」

「冗談だよ」


 俺は知っている。その笑い方は冗談ではない。

 ……このことは今後も追求されそうだ。


「ねえ、壮一郎は誰かと付き合った事ある?」

「ないよ、愛依は?」

「私もないよ……壮一郎がはじめて」


 意外だ……なんて言ったら失礼か。

 いやでも、愛依はモテそう……じゃなくてモテるからやっぱ意外だ。


「もちろんキスもだよ」

 ドクンッ……!


 ヤバイ……いまノーガードだった。完全にハートを撃ち抜かれた。

 見つめ合ってる状態でそんなこと言われたら俺……、

 愛依の唇が、気になって仕方ない。


 キスがしたい。キスがしたい。キスがしたい。キスがしたい。キスがしたい。キスがしたい。キスがしたい。


「壮一郎に取っておいたんだよ?」

「え……」


 と……取っておいた?

 俺のために?

 一瞬で煩悩が吹き飛ぶ衝撃だった。


 そういや告白の時、愛依は俺を追いかけてウチの学校に来たって言ってたもんな。


 俺と愛依、どこで出逢っていたんだろう。


 愛依みたいに可愛い子、一度会ったら忘れない気がするんだけど……それに、好きになるって事は、それなりの時間を共有したって事だよね。


 思い出せない。


 ……愛依は思い出したら教えてくれるって言ってたけど、ダメ元で聞いてみるか。


「愛依、その事なんだけど聞いてもいい?」

「ダメだよ、それはルール違反。それに教えちゃったら今晩語り明かす事になるよ?」


 やっぱダメか……それに語り明かすほど印象的なエピソードって事だよね。


 何で俺はそんな事忘れちゃってるんだ?

 ……もしかして、記憶喪失なのか!


 ないない、流石にそんな厨二展開。


「壮一郎、何を考え込んでいるの?」

「いやぁ、何でもないよ」

 鋭いなぁ愛依は……。


「壮一郎」

「うん?」

 布団の中、至近距離で見つめ合う俺達。なんか息をするのも躊躇してしまう。


「好きだよ」

 そして愛依は唇を重ねてきた。

 

 ドキドキでは形容しきれないこの衝動。

 まさかのタイミングでの好きとキス。


 キスって……こんなにも頭がとろけそうになって、どうにかなりそうなものだなんて、知らなかった。


 そして愛依となら、どうにかなってもいい。

 

 ……でも、


 ……でも、ヘタレな俺は……、


 それ以上先に進む事が出来ずに朝を迎えた。


 愛依が先に眠ってしまったってのはあるけど、それは言い訳だ。


 記念すべき日に、何も出来なかった臆病者です。


「おはよう、壮一郎」

「おはよう、愛依」

「昨日は我慢してくれてありがとうね」

 え……我慢?


「さっ、起きよっか!」

「う……うん」


 何の事かは分からないけど、ガッカリさせてなくて良かった。

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