第23話 俺をなめるなよ

 気まずい……。

 棚からぼた餅的に、愛依いといとファーストキスをして、天にも登る気持ちの俺とは対照的に、自らの意思とは無関係にキスしてしまった愛依は、今朝からかなり落ち込んでいる。

 俺は嬉しいんだけど……、

 嬉しいんだけど……喜びを表現できない。

 とても気まずい。


 いつもは愛依と一緒だと、倍速再生ぐらいで時が過ぎるのに、今日はスロー再生のようだ。

 通学路でも、愛依は言葉数が少なく、目も合わせてくれない。


「い……いい天気だね」

「そ……そうね」

「「……」」


 忘れようとして意識し過ぎているのだろうか。

 ぎこちない単発の会話が繰り返されるだけで、めっちゃ空気が重い。


「おはよう、愛依」

「お……おはよう、ひな

 愛依は青戸あおとに対してもぎこちなかった。

「うん? どうしたん愛依?」

「な……なんでもないよ?」

 鋭い青戸は、いつもと愛依の様子が違う事に、すぐに気付いた。

「なんでもないって……顔赤いよ? 熱でもあるんじゃない?」

「本当に大丈夫!」

 必要以上に取り乱す愛依。


「大丈夫そうには見えないけど……クッシーもそう思わん?」

「い……いやぁ、そ……そうなのかな!」

 必要以上に取り乱す俺。

 俺は愛依以上に大丈夫じゃなかった。


「あれ……」

 くすりと笑う青戸。

 今のやりとりで全てを察してしまったのか、俺と愛依の顔を交互に見る。

 そしてジト目になって俺たちを見つめた。


「あんたら、何かあったでしょ」

 やはり青戸は俺たちの異変に気づいたようだ。


「「そ、そ、そ、そんなことないよ……ねーっ」」

 示し合わせたかのように、ユニゾンで顔を見合わせ、更に赤面する俺たち。


「あは、やっぱり! キスでもしちゃった?」

 な……なんでそこまで分かるんだ。

 青戸の言葉で顔が真っ赤になっていくのが分かった。それは愛依も同じだった。

「あ、図星だった?」

 俺達はなんのリアクションも取れず、ただひたすらに照れ隠しをしていた。


 浮ついている。

 完全に浮ついている。

 だけど今日は、浮ついてばかりはいられない。


「ういっすツナ!」

「ちっすミッシー……」

 ミッシーに例の件の真相を問いただす必要があるからだ。

 俺はミッシーの足をじっと見た。

 うん、足は……ついてる。幽霊じゃないな。

 真っ先に幽霊疑惑だけは晴らしておきたかった。

「足はついてるで」

 うん? 

「ツナ、俺に話しがあるんだろ?」

 俺はまだ何も話していないのに、ミッシーから切り出してくれた。

「うん……」

「ははっ、そうか……ようやく、気付いてくれたようやな……ちょっと場所変えようや」

 ミッシーは少し嬉しそうだった。

「あ、うん」


 俺はミッシーと階段の踊り場に来た。

「さ、何でも聞いてくれよ」

 話が早くて助かるけど、なんでミッシーは俺が話したいって分かったんだろう。

「なあミッシー、なんで俺がミッシーに話があるって分かったの?」

 ミッシーは呆れ顔で答えた。

「いや、お前、顔に出やす過ぎるやん。それに俺ら親友やろ? それぐらいすぐに分かるって」

 し……親友。

 俺は感動した。

 もうミッシーが幽霊とか、俺はどうでもいい。

「親友か……ありがとう」

「俺の方こそな」

 だけど、白黒ハッキリつける必要はある。

 いくらミッシーが親友でも、そのためにずっとヤバイやつだと思われるのは、流石に御免だ。


「ミッシー、君は誰?」

 俺はどストレートに聞いた。

 目を閉じて微笑むミッシー、そしてそれはすぐに高笑いに変わった。

「あはははは、直球やなツナ、俺はお前のそういうところ好きやで」

 好きと言われてちょっと赤面してる俺がいます。

「俺は三島みしま 祐司ゆうじ、ツナのクラスメイトであることは変わりないよ」

「そうなの……じゃぁなんで、皆んなミッシーが見えないの?」

「それは俺が聞きたい、なんでツナは俺が見えるんだ?」

 まさかの質問返し……でも、何も答えられなかった。

「いや、本当にわかんないよ」

「ツナは霊感が強いとかあるか?」

 霊感……考えたことも無かった。事故物件に住んでいるせいかな?

「それも分かんない」

「そっか……まあいいよ」

 何となくミッシーは納得してくれた。

「教えてやるよツナ、俺は生きてるで、んで、とある病院に入院している」

 生きている……入院だと?

 そこから考えられる可能性……まさか。

 ……まさか、ミッシーは!


「ホモ・オプティマスか?」

「なんじゃそりゃ!」

 軽快に突っ込まれた。


「え……ホモ・ホプティマス知らないの?」

「いや、俺ホモじゃねーし」

 ミッシーに警戒の眼差しを向けられる俺。


「いやいやいや、俺も違うよ! ホモって同性愛の事じゃないからね」

「なんだ……ビビらせんなよ」

 ミッシーはお尻を押さえていた。本気でビビっていたのか……地味に傷つく。


「ホモ・オプティマスは人間の意識をコンピューターにインストールした新たな種だよ」

 ミッシーは何の事かよく分からないって感じの顔をしていた。やっぱりホモ・オプティマスではないのか。


「うん……よく分からんけど、とりあえず、そんなんじゃねーよ」

 なら何なんだ、ホモ・オプティマスじゃないなら一体なんなんだ。

「俺は自分のこと、幽体離脱ってやと思ってたけどな」


 な……なに幽体離脱……。

 アストラル体か!


「アストラル体だね! じゃミッシーはサイキックが使えるんだね!」

「いや、違うって、お前さっきから何言ってんの?」

 ミッシーは呆れ顔だ。

「なら、体外離脱……エーテル体か……そっちの方が現実的だね、一応観測可能っていわれているし」

 ミッシーの目が点になっていた。

「なあ、ツナ……俺はお前がさっきから何言ってんのかさっぱ分かんねーよ」

 ミッシーは困惑気味だった。

「……あ、悪い……興味ある分野だったからつい」

「まあ、いいよ……とりあえず何か分かんねーけど、意識だけが体から抜け出してるんだわ、俺」

 す……凄い! 研究したい、研究させて。

「おいツナ、お前俺の事、凄い好奇の眼差しで見てるで」

 あ……いかんいかん。

「ごめん……つい」

「お前やっぱ、ヤベーやつだな」


 意識だけが体から抜け出しているヤベーやつに、ヤベーやつ呼ばわりされてしまった。


「えーとつまり、ミッシーはどこかの病院に入院していて、意識だけで学校に来てる。

 ミッシーは本校の生徒だけど、入院しているから休学中。

 で、俺以外の人間にはミッシーは認識できない。

 これで、合ってる?」


「お前、すげーな! なんであんな飛び飛びの話を正確にまとめられるんだよ」

「職業柄かな……」

「職業って、お前学生だろ!」

「まあ、それは追々……」

 ていうか、入院中ってことは、どこか悪いのか……不治の病とかなのか。


「なあ、ミッシー……相当具合悪いのか?」


 ミッシーの顔がマジになった。

 相当重い話になるのかと、俺は覚悟した。


「いや全然」

「え……」

「むしろピンピンしてるぞ」

「へ……体に戻れるの?」

「まあ、一応な」

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 思わず突っ込んでしまった。


「じゃぁ、会えるの?」

「ああ、会えるで」

「リアル、ミッシー学校に来てくれるの?」

「いいで……ただし」

 なんだよ、自分が学校来るのに条件をつけるのかよ。


「俺に会いに来てくれたらな」

 なんだ、それだけか……。

「なんだ、そんなことか……どこの病院? 学校終わりに速攻で見舞いにいくよ」


「探してくれよ」

 ん……。

「俺を探してくれ、んで、俺を見つけてくれたら学校に来る」

 ミッシー……実は面倒臭いやつだったんだね。

 でも、

「仕方ないな……親友の頼みだし聞いてやるよ」

 ミッシーのお願いを聞いてあげる事にした。


「できるのか? ツナに」

「当たり前だろ?」

「凄い自信やな」

「俺をなめるなよ?

 本気出して速攻で見つけ出してやるよ」

「じゃぁ、ツナの本気を期待して病院で待ってるわ」

「うん」

「じゃぁ、また後でな」

「うん、またね」

 別れの挨拶を交わすとミッシーは消えた。

 超常現象なんて、俺は信じていなかったけど、目の前で起こると信じるしかない。


 それはともかく、不登校の親友を引っ張り出すことからだ。


 そしてクラスの皆んなに、俺の独り言疑惑を晴らしてもらうんだ。


 俄然、燃えてきた。

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