第22話 ノーカン

 外食デートの後は買い物デート!

 あの話の後で、そんなテンションになるはずもなく、俺達は手早く買い物を済ませ、早々に帰宅した。

 そして布団に潜り、ミッシーのことを話し合った。

「ねえ、壮一郎そういちろうの話が本当ならミッシー君って……幽霊なの?」

 あからさまに怖がっている愛依いとい

 確かに不可思議な事案ではあるが、そんな非科学的な存在を、俺は認めたくない。

「分からない……でも幽霊じゃないと思う」

 もちろん根拠はない。

「ねえ、ミッシー君に足……ちゃんとあった?」

 そうだ、足だ!


「あったよ愛依! ちゃんと足あったよ! 足の長さ比べして、俺負けちゃって、足長げーなと思って嫉妬してたもん」

「壮一郎……今そのカミングアウトはいらないから……」

 うぐぐ……少し場を和ませようと思ったのに、素で返された。

 まあ、それだけ愛依も余裕がないって事か。


「とにかく、明日ミッシーに聞いてみるよ」

「うん……そっちはお願い、私は先生に三島って生徒がいないか聞いてみる」

「……うん」

 

 分からない事に怯えていても仕方がない。

 とにかく明日だ。

 明日ミッシーと話せばハッキリする。


「壮一郎……今夜は絶対離さないでね」

 真剣な眼差しの愛依。

「う……うん、絶対離さない」

 下心で瞳がにごる俺。


 幽霊という可能性が拭えなくて、

 本能的に怖かったのか、愛依と俺は、自然に抱き合って寝ていた。

 とてもぐっすり眠れたと思う。

 抱き枕の練習が、早速役立った。




 だが、事件は……翌朝に起こった。


 俺は、少し息苦しさを感じて、目が覚めた。


 何だろうこの息苦しさは……、


 わけが分からずパニックになりそうになったが、何とか堪える事が出来た。


 うん? なんだ、この人肌の柔らかい感触は?

 俺の顔を人肌の柔らかいものが覆っていた。

 息苦しさの原因はこれだと分かった。


 そして俺はすぐ、ある可能性に思い至った。


 これは……もしかして……、

 勇気を出して目を開けると、俺の予感は的中していた。


 俺は……、


 俺は愛依の胸に、顔を埋めて寝ていたのだ。

 しかも俺の頭をギューっと愛依が抱きしめる体勢で……こ……これは、


 超常現象か!


 奇跡だ奇跡!

 ほっぺの米粒の件といい、神様は昨日から立て続けに奇跡を与えたもうてくれる。

 

 ……愛依の寝息が聞こえる。

 どうやら愛依はまだ寝ているようだ。

 

 この場合……起こした方がいいのだろうか。

 それとも神が与えたもうたこの奇跡を、心ゆくまで堪能すべきなんだろうか。

 だれか教えて欲しい。

 ……答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。

 時間が過ぎると共に、俺の幸福指数が爆上がりしていった。


 そして、悩んだ挙句俺は……、

 この状況に甘んじることにした。


 俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。


 なんて思っていると、さらに愛依の抱きしめる力が強くなり、密着度が倍増した。

 

 こ……ここは天国か!


 しかし、これでは……息ができない。

 このままでは本当に天国へ逝ってしまう。


 神はなんという試練を俺に与えるのだろうか……至福の時と、この命を天秤にかけるだなんて……、


 俺は考えた。

 恐らく国内最高峰のIQで考え尽くした。

 窒息してでもこの場に居座るべきか、それとも脱出するべきか。


 究極の選択とはこの事だ。

 俺はギリギリまで悩んだ。


 ギリギリまで悩んだ挙句、俺は……泣く泣く脱出を選択した。


 ……さようなら、朝の至福の時。

 だが、朝の至福の時は、これだけで終わらなかった。

 

 俺はまた愛依に抱きしめられ、今度は頬と頬がくっつくような体勢になったのだ。

 こ……これは心臓に悪すぎる。


 爆跳ねする俺の鼓動と、爆上がりする俺の体温。

 いまだかつて、こんな幸福を味わった事があるだろうか?


 答えは否だ。


 未だかつて俺はこんな幸福を味わった事がない。

 

 今日の俺は、神にもてあそばれっぱなしだ。

 こんな至近距離に女子の顔があるなんて、家族以外では初めてだ。

 あ……平野ひらのさんもだが、平野さんは母さんや姉さん的な存在なので、ノーカンだ。


 高すぎる密着度、上がり続ける体温。

 もしかしてこれ……汗かくんじゃね?


 こんな密着状態で汗をかいたら、当然愛依にも汗がベッタリつく……、

 キモいって思われないだろうか、

 心配になってきた。


 気持ちが焦れば焦るほど汗が滲み出てくる。

 今朝の神は幸福と試練を交互に与える。

 まさに飴と鞭、ツンデレな神様だ。


 落ち着け、落ち着け俺……まずは体温を下げよう。今俺に出来る最善策は体温を下げる事、この一点に尽きる。

 この状況で体温を下げるために、俺が出来る事は……、


 ……布団から足を出す事だ。


 だが、最適解を見つけた俺に想定外の事態が起こる。

 何と、愛依の足が、がっしりと俺の足をホールドしていたのだ。


 しまった……昨晩、恐怖のあまり向き合って寝たのが仇になったか。

 これはこれでテンション爆上がりのシチュエーションだけど……、


 ……もちろん腕を動かす事も出来ない。

 いや、厳密には出来るのだが、愛依が起きてしまう危険性をはらむ。


 くっ……万事休すか!


 なんて思っていると、また愛依が体勢を変えた。


 え……何だ、この頬に当たる柔らかい感触は……、

 もしかして、くちびる?


 横目で確認してみると、間違いなく愛依のくちびるが俺の頬に触れていた。


 もう、ダメだ、これ以上の刺激……俺には耐えられない。

 さすがに観念して、愛依から離れようとすると、愛依はさらに俺を抱き寄せ……、


「んぐっ……」


 俺のファーストキスが奪われた。


 ていうかこれ……、

 夢じゃないよね?


 目の前には愛依の顔……、

 そして、触れ合う唇と唇。


 え————————————っ!

 どうしよう俺? キスしちゃったよ!

 もうこれは、腹を切って詫びるしかない?

 

 相手が寝てるからノーカンかも知れないけど、これをノーカンに出来るほど、俺は大人じゃない。

 唇に唇が触れる時間がしばらく続いた。


 とりあえず俺……息していいのだろうか?

 とりあえず止めてるけど……、

 このままじゃ死んじゃうよな……、

 むしろ死んじゃった方がいい?


 くっ……限界まで我慢だ、その後は野となれ山となれ!


 なんて思っていると、愛依の目がパチっと開いた。

 そして愛依は、顔を真っ赤にして、そのまま大きく目を見開いた。

 寝起きの愛依は、俺とチューしている事に混乱している様子だったが、自分の腕が俺の頭を抱きしめている事に気付き、状況を把握したようだ。


「あ痛あっ!」

 そして俺は突き飛ばされた。


「もうっ! 壮一郎のバカ! バカ!」

 そして枕でタコ殴りにされた。

「ごめん! ごめんって!」

 俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。


 でも謝っておいた。

 それが、この状況における最適解だ。


「壮一郎、ここに正座!」

「……はい」

 顔を真っ赤にして怒る愛依……これはこれで可愛い。

 そして愛依は上目遣いで、

「ノ……ノーカン……だからね」

 そう呟いた。


「ノーカン?」

 もちろん意味は分かってるし、愛依がそうしたい気持ちも分かる。

 そんな予想もしていた。


 でも、相手は他でもない愛依だ。

 俺はノーカンにしたくなかった。


「だって、寝てたし、覚えてないし、よく分かんないし」

 瞳を潤ませる愛依……そんなに嫌だったのだろうか。

「私も、忘れるから壮一郎も忘れて!」

 ……忘れることなんか出来ない。

 だって、俺のファーストキスだし。

 その相手が、愛依なんだ。

 好きだと気付いたのは昨日だけど、そんなの関係ない。


『嫌だ! 何で忘れなきゃならねーんだよ!

 俺のファーストキス、勝手になかった事にすんなよ!

 普通の感じじゃなかったけど……俺には大切なファーストキスなんだよ!』


 心の中でそう叫び、

「うん……分かった忘れる」

 俺はノーカンの提案を受け入れた。


「壮一郎……ごめんね」

 力なく謝る愛依……、

『俺の方こそごめん』

 そう、心で呟いた。


 俺は決意した。


 近いうちに告白する。


 好きだって分かって、

 事故みたいなものとはいえ、

 キスまでしたんだ。

 もう、ヘタレではいられない。


 出来れば、今日だ……今日がいいな。

 うん?

 そういえば今日何かあったような?


 テンションが上がり過ぎて、何か大切なことを忘れている気がしたが、告白の決意を胸に、

 俺は朝食を作りにキッチンに向かった。

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