第21話 ボッチだった
結局のところ、抱き枕の練習って何なのかよく分からなかったけど、あれからも抱き枕状態で色々話して、俺は多少リラックス出来るようになった。
ドキドキはするけど練習の成果はあったと言える。
そんなことよりも、お互いの『好きなのかな?』問題をどうクリアしていくかが、今後の俺達の課題だ。
同棲に、恋人のフリに、好きなのかな告白。
何とも言えない曖昧な関係だけど、焦る必要はない。
だって俺たちはまだ、ふた晩しか一緒に過ごしていないのだから。
むしろ、ふた晩でここまで親密になったのは、急接近と言えるだろう。
「ねえ、
そして俺たちは今、夕食を求めミナミに繰り出している。
布団の中でまったりと過ごしすぎて、2人とも自炊の気力が失われたからだ。
自炊する気力は失われたが、俺のテンションは今、爆上がり中だ。
……なぜならこれは、
外食デートだからだ。
「これだけ沢山お店があると迷っちゃうよね」
「確かにそうだね」
テンションが上がる理由はそれだけではない。
なんと、俺と
1日に2回も女子と手をつなぐことになるなんて、夢にも思わなかった。
ミナミの街を女子と手を繋いで歩く。
感動ものだ!
「愛依って、古いお店でも大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ?」
「洋食は大丈夫?」
「うん、むしろ好きだよ」
「じゃぁ、少し距離があるけど俺の行きつけの洋食屋さんに行く?」
「うん、壮一郎の行きつけいく!」
自分の行きつけの店に女子を連れていく、これはわりと男子の夢なんじゃなだろうか。
アメリカ村の外れにあるその店は、大将の愛想はお世辞にもよくないし、店も古くてボロい。
でも、昔ながらの洋食屋さんの味を楽しめる、今では貴重なお店なのだ。
ちなみに常連になるほど通っているが、この店の味はコピーできていない。
「いらっしゃい」
いらっしゃいを言ってくれるのもいつも、奥さんだけだ。
俺的にこの店の味は、行列ができてもおかしくないレベルだと思っている。
なのにいつも閑散としていて、ピーク時でも満席だったことがない。
だけど、どの時間帯に来ても、必ず2・3組お客さんがいる。
ある意味理想的な客配分なのかもしれない。
「私、このお店の雰囲気好きかも!」
妙にテンションが上がる愛依。
「アンティークって言えばいいのかな? 凄くいい!」
この店の雰囲気が女子に受けるとは思わなかった。分からないものだ。
「あれ、今日は2人なんだね、彼女?」
「彼女です!」
食い気味に答える愛依。
「……まあ、そんな感じです」
本当に付き合っているわけじゃないから、俺はまだ彼女っていうことに抵抗があるけど、愛依は全く躊躇しない。
「ベッピンさんだね良かったね」
「はい……」
愛依の笑顔が増し増しになった。
「彼氏はいつものでいい?」
「はい、俺はいつもので」
「壮一郎、いつものってなに?」
これは俺の偏見かもしれないが、洋食といえばメンチカツ。この店で注文するのはほとんどメンチカツだ。
「メンチカツだよ」
「メンチカツ……じゃ私も同じので」
「はいよ」
同じものを注文してくれるのは地味に嬉しい。
違う物を注文してシェアし合うのも魅力的だけど、同じ物を注文して感動を共有する方が、俺は好きだ。
「やっぱり2人でいると恋人に見えるのね」
頬杖をつき、上機嫌で話す愛依。
「そうだね」
そんな愛依を見ていると幸せな気分になる。
「そいえば、俺たちが付き合ってるって話、クラスの連中そんなに驚いてなかったな」
「え……それ本気で言ってる?」
「うん……本気だけど」
驚いたって顔の愛依。
「だって誰も俺に話聞きに来ないし、俺の周りは平穏そのものだよ」
「ああ……そっか、壮一郎には誰も話しかけないものね」
誰もって……いつもミッシーが話しかけてくれるよ。
「逆に私は質問攻めだったかな」
「そうなんだ」
愛依の周りにはいつも誰かがいるから分からなかった。
俺と愛依が付き合うのはある意味、格差婚みたいなもんだな。
「おまちどうさま」
なんて話している間に料理が運ばれて来た。
「美味しそう! っていうか、凄いボリュームね」
「あ……先に言えば良かったね。女の子には少し多いよね」
メインに小鉢と味噌汁と大盛りご飯がついて税込750円。学生でも手が出る、とってもリーズナブルな価格設定だ。
ていうかいつもより、小鉢がひとつ多い……?
もしかして……、
厨房の大将を覗き込むとグッドサインをしていた。
これは、彼女ができたご祝儀なのだろうか。
いつも無愛想な大将だけど、俺の顔……覚えていてくれたんだ。
なんかほっこりした。
「「いただきます」」
大盛りなのはご飯だけではなく、メインディッシュもだ。大きくカットされたメンチカツを
この繊細な味付けをドカ食いする贅沢な感じがたまらない。
愛依はそんな俺の様子をきょとんと見ていた。
「どうしたの?」
「ううん……男の食べ方だな〜って」
男のこの食べ方……そんな事を言われたのは初めてだ。
「あ、ついてるよ」
え……もしかしてコレは、ラブコメ定番の伝説のイベント……ほっぺについたご飯をそのまま口にする神技か!
その通りだった。
愛依は俺のほっぺからご飯粒をとり、そのまま口に運んだ。
俺はしばらく放心状態になった。
ご飯をガッついても頬に付くことなんて無いと思っていたけれど、神様が俺に奇跡を起こしてくれたようだ。
「「ごちそうさま」」
何やかんやいいながらも、愛依は完食した。
見かけによらず愛依もワンパクだった。
「美味しかった! また今度きたいな」
満足していただけたようで俺も嬉しい。
「ねえ、壮一郎、もう眠い?」
どうだろう……ピークが過ぎてもう眠くないかもしれない。
「大丈夫だよ、どうしたの?」
「ドンキ行かない? ちょっと消耗品を買い足したくて」
ドンキか……たしか『引っ掛け橋』の方にあったっけ。
「いいよ、行こうか」
「ありがとう」
また、俺達は手を繋いで歩きだした。
愛依と付き合えたらこの幸せが毎日続くのか。
うん? ちょっと待てよ……そう考えてる時点で俺は愛依のことが好きなんじゃないか。
これまでだってそうだ。
俺は愛依の恋人のフリに幸せを感じている。
だったら……、
そう考えると急にドキドキしてきた。
顔がポーッと火照ってきた。
「どうしたの、壮一郎?」
「ううん、何でもない」
なんて間の悪いタイミングで気付いてしまったんだ。
……さっき分かってたら極々自然に言えたのに……。
流石に今いきなり言うのは、不自然だな……それに今切り出す勇気もない。
「どうしたの壮一郎? 顔が真っ赤だよ?」
真っ赤……うん、自分でも分かるほど火照ってる。
「……ちょっと食べて体温上がっちゃったかな!」
我ながら苦しい言い訳だ。
「そう、ならいいんだけど」
余裕の笑みを浮かべる愛依。
もしかして……気付かれた?
「壮一郎……話は変わるんだけど、私ね、ずっと前から聞きたかったことがあるの」
ずっと前からって何だろう。
「気を悪くしないでね」
神妙な面持ちに変わる愛依。スッゲー気になる。
「うん……」
「壮一郎は何で、いつも1人で話してるの?」
「いつも1人って?」
「特に朝とか、みんなに聞こえるレベルで独り言いってるじゃない。今日だっていきなり大きな声出すしさ」
え……独り言……いつもミッシーと話してるけど。
「なに言ってんの愛依、俺はいつもミッシーと話してるんだよ?」
「……ミッシーって誰?」
え……ミッシーって誰って……そうか、皆んなはミッシーって呼ばないのか。
「三島だよ
「三島って誰?」
え……え———————————————っ!
愛依の顔は冗談って顔じゃない。
本気で言っている。
どういう事だ?
「壮一郎は、誰かと話してるつもりだったの?」
誰かっていうか……ミッシーだけど、
ミッシーがいない?
俺にだけが見えてる?
なにその超常現象……もしかして幽霊?
そ……そんな非科学的なことがあるっていうのか?
でも、皆んながミッシーを見えていなかったとしたら、納得が行くことも色々ある。
ミッシーと一緒にいても話しかけられるのは俺だけだし、ミッシーはイケメンなのに彼女いないし、昼休みとか、いつの間にかいなくなってるし、みんなに冷たい視線を向けられるのも俺だけだし……。
ていうか、俺は……大きな独り言をいうヤツだから冷たい視線をむけられていたのか。
キモいヤツってのは……オタクだからとか、そんなんじゃなくて、ガチでやばいやつだと思われていたのか?
「……」
そして俺は重大なことに気づく。
ミッシーは俺にとって唯一の友達だ。
ミッシーが居ないってことは、俺に友達は居ないってことだ。
つまり俺は、ボッチだった。
なんか悲しい気持ちになってきた。
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