第20話 好きなのかな?

 かつて自宅にいてこんなに緊張したことがあっただろうか?


 答えは否だ。


 自宅よりくつろげる場所なんて、この世にない。

 

 ……はずだった。


 しかし今は、緊張しかない。


 なぜなら俺は、陽も沈まないこの時間から布団を敷き、愛依いといの抱き枕にされようとしているからだ。

 ちなみに愛依はシャワー中。

 シャワーの音が必要以上に俺の心をかき乱す。


 ホテルで初体験を迎える男の心境とでも言えばいいのだろうか。

 俺には経験がないから分からないけど、適切な例えはそれだと思う。

 少し肌寒い季節だというのに、手汗も脇汗もびっしょりだ。


 ——程なくしてシャワーの音が止まった。

 なんかいよいよって感じがして、ドキドキが止まらない。


壮一郎そういちそう……入って来てね」

「う……うん」

 なんだこの雰囲気、まるでこの後、致してまうみたいじゃないか。

 ていうか、もし仮に、そんな雰囲気になったら俺はどうすれば良いんだろうか?

 ……致してしまっても良いのか。




 ……答えは否だ。


 だって俺はまだ16歳。

 万が一、子どもが出来ても法的に責任が取れない。

 愛依を未婚の母にするわけにはいかないのだ。

 ……そうならないように、抱き枕に徹する。それが俺の役目だ。

 ていうか、その前に付き合わなくてはならない。

 付き合うってことは告白だ。

 告白……。


 フラれてしまったらどうしよう。

 今フラれてしまったら、ずっと気まずい同棲生活がつづくよね……最悪解消されることだって。


 どうしよう……俺、どうすればいいの!


「壮一郎? 何かたまってるの? 早く入ってきなよ」

「あ……ごめん」

 いかんいかん、つい、妄想が膨らみ過ぎた。

「相変わらずね」

「え」

 なんだろう……何気なく微笑みかけてくれただけだろうけど、物凄くドキっとした。



 ——シャワーに打たれながら俺は考えた。

 ……愛依って俺の事、どう思っているのだろう?

 一緒に住む事になったのは、ツナっちと糸車さんの縁だから、それは考えないとして……、

 数々の手料理、

 一緒にお風呂入ってもいいよ事件、

 夜の抱き枕、

 そして今日の胸ツンツンは、未央みおへのヤキモチだよね……普通に考えて。


 もしかして愛依……俺のこと好きなんじゃね?


 そう考えると色々納得がいく。

 でも……俺を好きになる理由なんてあるのだろうか。

 愛依は俺のことキモがってるって青戸あおとも言ってたし、それは愛依本人も認めていた。

 うん?

 そもそもキモいやつのこと抱き枕にしたりする?

 ……でもキモカワなんてものが受け入れられていた時代もある。

 女子の考えることは、俺には到底理解できない。

 まあいい……他人の気持ちなんて不確定要素を考えても仕方ないだろう。


 じゃぁ、俺はどうなんだ?

 愛依のことが好きなのか?


 愛依は学年ナンバーワン美少女だ、好きか嫌いかで二分すれば好きに決まっている。

 でも、そういうことじゃない。


 ……分からない……ドキドキはあるけど、未央の時にあった胸がぎゅーっと締め付けられる感覚はない。


 俺は自分の感情すら良くわかっていないのか。

 不確定要素は愛依の感情だけではなかった。


 結局シャワーから出るまでに、何の結論も出なかった。

 

 シャワーから出た俺と入れ替わりに、 今度は愛依が髪を乾かす。

 初日こそドライヤーの音が心地よくて眠ってしまった俺だけど、今は眠気なんて1ミリもない。

 時間が経つにつれソワソワするしドキドキする。

 もう……どうにかなってしまいそうだ。


 ——そしてドライヤーの音が止まった。

 いよいよだ……ヤバい……また手汗が。


「お待たせ」

「う……うん」

 まともに目も合わせられない。

「壮一郎……なんか凄い顔してるけど、大丈夫?」

「も……もちろん、大丈夫だよ」

 大丈夫じゃありません。緊張で心臓が飛び出しそうです。

「じゃぁ、そろそろしよっか?」

 

 ぐはっ!


 し……しよっかだと。

 そんなに見つめられて、そんなセリフを言われたら、ショック死しちゃうよ。

「う……うん」

 

 俺たちは布団に入った。

 自分でも全身に力が入っているのが分かる。

 心臓の音が自分で聞こえるほどに大きい。


「ねえ、壮一郎……もう少し体の力抜いて欲しいんだけど」

「あっ……」

「抱っこできないよ」

「そっ……そうだねごめん」

 ……そりゃそうだ。

「可愛いね」

 悪戯っ子のような笑顔で俺に語りかける愛依。

 経験豊富なメンズならこんな時『可愛いの愛依だよ』なんて気の利いた台詞を言えるのだろうけど、俺程度では赤面するのが関の山だ。


「壮一郎……」

 かと思うと、今度は眉を八の字にして甘い声で語りかけてくる愛依。

「未央先輩の匂いをあんなにプンプンさせるなんて、私許してないからね?」

 うぅ……だってあの流れは。

「私が、未央先輩の匂いを上書きしてあげる」

 んなっ!

 愛依が絡みつくように抱きついて来た。

 匂いを上書きとか……もう本当に頭がどうにかなってしまう。

「ねえ、壮一郎……ドキッとした?」

「う……うん」

 ドキッとどころじゃない。もう思考停止寸前なんだけど。

「これは、練習なんだからね……これから何が起こっても、壮一郎は何もしちゃダメだよ?」

 顔を赤くして話す愛依。

 これから何が起こるっていうんだよ。

 

 ていうか……なんか色々まずい気がしてきた。

「ねえ、壮一郎」

「ひゃぁっ」

「あは、やっぱり耳もダメなのね」

 耳に息がかかるほどの距離で話しかけられた。

 刺激が……刺激が強すぎます。

 これって……愛依……悪ノリしてない?

「壮一郎……私ね、やっぱ今日のこと、怒ってるみたい」

「え……」

「変かな? 恋人のフリなのにこんな気持ちになるのって?」

 気持ち以前に、恋人未満でこんなに身体を絡めあって布団に入っていることが既に変だと思うけど。

「ど……どうなんだろう」

 何とも言えない中途半端な答えしか返せなかった。

 愛依はそんな俺をぎゅっと抱きしめて耳元で囁いた。


「私……壮一郎のことが好きなのかな?」


 ぞくっときた……身体的な面でも気持ち的な面でも……胸の高鳴りも今までの比じゃない。

「……愛依」

「こっちみないで!」

 愛依の方に振り返ろうとすると、手で押し返された。

「今私……きっと見られたくない顔してる」

 どんな顔なんだろう。むしろ見てみたい。

「う……うん」

 でも俺は素直に愛依に従った。

「ねえ、壮一郎」

 愛依はまた俺をぎゅっと抱きしめ耳元で囁いた。

「壮一郎は、私のこと……どう思ってるの?」

 ぞくっときた……身体的な面でも気持ち的な面でも……胸の高鳴りもついさっき記録した自己ベストを更新した。

 俺は愛依の方に振り返った。今度は拒絶されなかった。

 ち……近い、想像以上に顔と顔の距離が近かった。

 学年ナンバーワン美少女……改めて見るとやっぱ可愛いよな、可愛すぎる。

 頬を赤らめ、瞳は少し潤んでいて普段よりもキラキラしていてる。

 その愛依が、この超至近距離で自分についてどう思っているかを問う。

 そんなの『好き』としか答えようがない。

 でも、チキンな俺は、


「俺も……愛依のことが好きなのかな?」


 答えを愛依に合わせてしまった。

「何それずるい!」

 ぷーっと頬を膨らませる愛依。

 自分でもずるいと思う。

 でも、この状況で好きって言ってしまうのは、本当の気持ちじゃない気がして、ハッキリと好きと言えなかった。

 だって、見つめられるだけで頭がどうにかなってしまうほどに愛依は可愛くて魅力的な女性なんだ。

 もっと自分と向き合って答えを出したい。まあ、好きって言ったところで愛依も『好きなのかな』だから付き合える保証はないんだけど、それでも……それでも俺は、愛依に対して真摯に向き合いたいと思っている。


「じゃぁ、この先はお預けね」

 え……なに、この先ってあったの?

「愛依……この先って?」

「ヘタレな壮一郎には教えてあげないよーだ」

 あかんべーだと……可愛すぎる。

「そんなぁ」

「そんなぁじゃないよ、下心しかない壮一郎は嫌いだよ」

 うっ……またドキッとした。


 ……俺はもしかしたら分かっていたのかもしれない。


 胸を締め付けられるようなギューはないけど……愛依の事を好きになっている自分がいる事を。


 そして、俺の答え如何いかんではこの先があったという事実……、


 それが愛依の答えだということを……、


 ……そしてそれこそが、俺と愛依の未来だと。

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