第19話 だから早く帰ってしよ?

 俺達が学校に到着すると、1時限目の終わりを知らせるチャイムが鳴っていた。


壮一郎そういちろう、またね」

「み……未央みお……また」

 照れながらも名前で呼ぶ俺に、未央は笑顔で手を振り、3年の校舎に向かって行った。


 仲直り出来て良かった……ホッと胸を撫で下ろすと同時に、憂鬱になる俺。


 実は俺……遅刻するのがとっても嫌な子なのだ。


 遅刻すると妙に目立ってしまう。

 だから、遅刻するぐらいなら休んてしまえって考えるタイプの、ダメな子なのだ。


 勿論はじめての遅刻だ。

 はじめては何でもドキドキする。

 これも経験だと覚悟を決めて教室に入るも……、


 誰も俺に注目などしていなかった。

 全く目立たなかった。

 大いなる、自意識過剰だった。

 ……寂しい気持ちになるのと同時に、改めて自分の存在感のなさを思い知った。


 でも、彼女だけは違った。

 学年ナンバーワン美少女にして俺の同棲相手、

 とどろき 愛依いとい


壮一郎そういちろう、ちょといいかな?」

 とっても笑顔なのに、メラメラと怒りのオーラがあふれ出す愛依いとい

 何だろういきなり、今朝は普通だったはずだけど。

未央みお先輩と何があったか、詳しく聞かせてくれるかな?」

 うん? 何で未央のことで怒っているの? 

 背中を押してくれたのは愛依なのに。


 だが、その理由はすぐに分かった。

「なんでファンデが制服についてるのかな?

 なんでそんなに未央先輩の匂いがプンプンしてるのかな?

 教えてくれるよね?

 ねえ? ねえ? ねえ?」

 愛依は眉をピクつかせながら、未央先輩が頭を付けていた箇所をツンツンとつつく。

 ど……どうしよう。

 やましいことは何も無い……だけど、俺に残る未央先輩の痕跡が怪しさをかもし出す。


「なに修羅場?」「修羅場だ」「修羅場やん」

 にわかに周りが騒つきはじめた。


「とりあえず、来て」

 周りの様子に気付いた愛依が、俺の手を引っ張って教室を出た。


 こ……これって。

 愛依は俺を連れ出すために手を取ったのだろうけど、俺にとっては違う意味を持った。


 ……愛依と手を繋いでいる。


 ヤバい! めっちゃドキドキしてきた!


 もしかして……学校行事以外で女の子と手を繋いだ事なんて、はじめてじゃないだろうか?

 そしてその初めての相手が愛依?

 これはドキドキするなって方が無理だ。


 校内で女の子と手を繋ぐ……パリピならいざ知らず、俺みたいなオタクには夢のようなイベントだ。


 愛依の手……華奢きゃしゃなのに柔らかい。

 俺は舞い上がった。

 完全に舞い上がった。

 大人への階段をかけ上った気すらした。

 

 そして、実際の階段を上り、踊り場に着いたところで愛依は止まった。


「で、どうだったの? ちゃんと仲直り出来た」

 移動中に冷静になったのか。いつもの愛依に戻っていた。

「うん、おかげ様で」

「そう、まあ、コレを見れば聞くまでもなかったよね!」

 また胸の辺りをツンツンされた。

「良かったね、壮一郎」

 愛依の言い方にはトゲがあるけど、本当に良かった。愛依が背中を押してくれたおかげだ。

 そもそも昨日、愛依が買い物に行こうって言わなかったら、その機会すらなかったかもしれない。

「うん、全部愛依のおかげだよ」

「ううん、私はなにもしてないよ」

 終始にこやかに話す愛依、だけど今日の圧は半端ない。やっぱり怒ってるは怒ってるみたいだ。


「で、取り敢えず、何でこうなったか詳しく聞かせてくれないかな」

 笑顔で俺の胸をツンツンする愛依。

 むしろツンツンが止まらない愛依。

 ……正直ちょっと痛い。

 未央先輩はああ言っていたけど、俺の中で抱きしめないが、やはり正解だった。

 まあ正解では無いのかもしれないけど、最適解ってやつだ。

 間違えなくて良かった……心の底からそう思った。


 ……自分的にはやましいことは何も無いだった俺は、一部始終を愛依に話した。


 話が進むにつれ、愛依は機嫌が悪くなるというより、難しい顔になっていった。

「うーん……強敵ね」

 愛依が意味深な言葉を呟いたそのタイミングでチャイムが鳴った。

「とりあえず、戻ろっか」

 俺たちは教室に戻った。

 強敵って……なんだろう。

 後で聞こうと思っていたけど、俺はすっかりそのことを忘れてしまった。


 ——教室に戻るとミッシーがニヤニヤしながら俺を待っていた。

「あれ、ミッシーさっきいなかったけど、ミッシーも遅刻だった」

「おう、バッチリ寝坊したよ」

「それはバッチリじゃないっしょ」

「まあ、細かいことはいいんだよ」


 ミッシーは俺を見てずっとニヤニヤしている。なにか良い事でもあったのか?

「ミッシー何か良い事あった?」

「良い事っていうか、良いもん見たで」


 良いもん……良いもんってまさか?

「ミッシーそれって……」

「未央って呼んでたな!

 とどろきさんがいるのに、まさか学校遅刻してまで、3年生ナンバーワン美少女の貞方さだかた先輩とイチャラブしてるなんて……

 流石の俺もビビったわ」


 見られていたのか……誰もいないって思っていたのに。

「ちげーよ、イチャラブなんてしてねーって!」

「おいおいツナ、声が大きいぞ」

 周りを見渡すと皆んな冷たい視線で俺を見ていた。特に愛依は心配そうな顔で俺を見ていた。

「また後で聞かせてくれ」

「うん」

 不公平だ、冷たい視線を向けられるのはいつも俺だけだ。

 ミッシーがイケメンだからか……

 やっぱりその辺の影響は大きい。


 そしてあっという間に放課後———

 時間が経つのは本当に早い。

 今日は寝不足だから特にだ。

 むしろ、ちょいちょい寝ていて授業の記憶がないまである。

「壮一郎、一緒に帰ろう」

 俺の席まで愛依が迎えにきてくれた。

 俺がクラスで一番注目を集める瞬間だ。

「う、うん」

 クラスの男子達の羨む視線に、少し優越感だ。


 ***


「ふあぁ〜」

 しかし、本当に眠い……毎日愛依の抱き枕になれるのは、この上ない幸せだけど、この生活が続くなら何か対策を考えないと流石の俺も廃人になってしまう。


「ごめんね壮一郎、私……寝不足にさせちゃったよね?」

「いや、違うよ愛依! 愛依のせいじゃないよ! 昨日は考え事してたんだ! 色々考え事してたら朝になっちゃってさ!」

 我ながら苦しい言い訳だ。

「本当?」

「うん、本当だよ」

 その目で見つめられると、つい赤面しちゃう。

「なら、いいんだけどね」

 ジト目の愛依。やっぱり言い訳っぽさは拭えなかった。

 それより、なに欠伸あくびなんてしてんだよ俺の馬鹿!

「ねえ壮一郎、今日こそ買い物に行きたかったんだけど……」

 え……抱き枕を買うため? お役御免なの?

 いや待て『行きたかったんだけど』って言ってたよな? つまり過去形だ。

 固唾を飲んで話しの続きを待っていたが……そこで愛依はうつむいてしまい、話しが止まった。

 そして愛依の顔を覗き込むと、真っ赤だった。

 何事?!

 と思っていると、

「練習……しよ?」

 愛依が何か呟いた。

 何言ったんだ? 練習って聞こえたけど……練習って何を?

「愛依……練習って言った?」

「……抱き枕の」

 もじもじしながら答える愛依。

 うん……今、抱き枕のって聞こえましたが?

 つなげると……抱き枕の練習?

「愛依?」

「私……抱き枕は、壮一郎がいい。でもこのままだと、壮一郎、毎日寝不足になっちゃうでしょ……やっぱり買い物は明日にする」

 やっぱ抱き枕の緊張で寝れなかったのがバレバレじゃん……もう一度誤魔化すべきだろうか?


 ……いや、待てよ。

 確かに愛依の言うことは一理ある。

 名前で呼び合うのだって練習で何とかなった。

 抱き枕の練習。

 恐らくこんな馬鹿げた練習が必要なのは、世界中探しても俺だけかもしれない。

 でも、実際に昨日は緊張で眠る事ができなかった。この提案は非常にありがたい。


「だから早く帰ってしよ?」

 ぐはっ!

 その台詞わざとじゃないよね?

 その台詞プラス上目遣いのコンボは鼻血が出て理性がブッ飛ぶ危険性をはらむ。

 危険すぎるよ愛依!

「う……うん」

 悶え死には確定かもしれない。

 でも、抱き枕役をずっと続けるにはこれしかない。

 でも……抱き枕の練習って何をするんだ?

 あんなことやこんなこともするのか?

 

 ……考えるだけでドキドキして、顔がカーッとなった。


 俺は、期待と不安が入り混じった何とも言えない感覚で家路についた。

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