第18話 告白する前から失恋していた

 楯無たてなしのダウンロードデータを確認した俺と平野さんは、言葉を失った。

 恐らく無許可で撮影されたであろう動画。

 脅迫メッセージの数々。

 反社とのつながり。

 楯無は真っ黒だった。


 ……そして、最近のやりとりの中に未央みお先輩の名前があった。

 やっぱり『あいつ』とは未央先輩のことを指していた。

「酷いなこれは……」

「……はい」

 こんな悪人が一般人として紛れ込んでいる。俺は恐ろしさを感じずにはいられなかった。

「この件は、私の方から牧野さんに連絡しておくよ」

「はい、お願いします……データはいつものクラウドに上げておきます」

「ああ、頼む」

「それと、あいつのスマホにログ監視アプリを仕込んだので、この受信アプリも牧野さんに送ってあげてください」

 平野さんは困った顔をしていた。

「あの短時間で、そこまでやったのか?」

「ええ、まあ、出来ることはと思って」

「はぁ……」

 大きなため息をつく平野さん。

「壮一郎、君を育てた私が言うのもなんだがな……あまりその才能を発揮しすぎると普通の生活ができなくなるぞ」

 今までも散々言われてきたことだ。過ぎたる力は監視対象となり、将来の選択肢がなくなると。それは分かっている……でも、

「構いません」

「壮一郎……」

「俺の力が世の中の役に立って、それで未然に防げる犯罪があるのなら、俺はそれで構いません」

 俺の決意表明とも取れる言葉を聞いて、平野さんはくすりと笑った。

「君のそれは犯罪行為だがな」

「そ……それは」

 大いなる自己矛盾だった。

「まあ、君はそれが許される数少ない存在だしな、それにそこは私の会社だ、適当な理由を付けてうまくやってやるよ」

「ありがとうございます」

 頼りになる師匠だ。


 ——平野さんと分かれたあと、俺は未央先輩の家に向かった。

 メッセージで呼び出しても断られるのは分かっていた。

 だって今日は楯無と約束の日だ。

 だから俺は、未央先輩が出てくるのを待った。


 ——夕方頃になって未央先輩は現れた。

 未央先輩はすぐに俺に気付いてくれた。

「そ、壮一郎……どうしたの?」

「お話しがあって、待ってました」

「お話しって……汗だくじゃない! 大丈夫? 熱中症になるよ?」

「日陰にいたので、大丈夫ですよ」

 外の暑さなんて気にもならなかった。

「いや、その汗は日陰だからって問題じゃないでしょ」

「大丈夫ですよ、田舎育ちなんで暑さは得意です!」

 インドア派の俺に田舎も都会も関係ないけどね。

「んもうっ! 変なところ頑固やね、本当に大丈夫?」

「はい! この通り!」

 軽く飛び跳ねてみた。

「分かった分かった、で、話しって、何? ウチこれから出掛けないとなんだけど」

「楯無ですか?」

「え……」

 目を丸くする未央先輩。

「そうよ、なんで壮一郎がそれを?」

「その件で、ここに来たからです」


 少し間が空いて、

「どう言うこと?」

 未央先輩の表情が少し険しくなった。

「ちょっと移動しませんか?」

「嫌、ここで話して」

 今までに未央先輩から向けられた事のない、冷たい視線だった。

「分かりました」

「時間がないの、早くして」

 こんな怖い顔の未央先輩、見たくなかった……、でも、

「行かないで下さい」俺は続けた。

 一瞬、未央先輩は大きく目を見開いたかと思うと、今度は目を細めて俺を睨んだ。

「何故? 何故あんたがそれを言うの?」

 淡々とした口調で俺に問いかける未央先輩。

「行って欲しくないからです」

「それは理由じゃないよ。もう、行っていいかな?」

「ダメです……行かないで下さい」

 未央先輩は苛立ちを、隠さなくなった。

「ねえ壮一郎、ウチに優しくされて勘違いしちゃった? パパに結婚しろって言われて勘違いしちゃった? 前にも言ったけどウチにとって壮一郎は後輩でしかないんやよ?」

 くっ……覚悟はしてたけどこれはキツい、精神にくる。

「……じゃあ行くね」

 でも、絶対に止めないと。

「待ってください!」

「壮一郎、あんたしつこいよ!」

 


「俺は未央先輩が好きです!

 だから行かないで下さい!」



 もう、思いの丈をぶつけるしか無かった。


 恐らく警察は、もう動いている。

 俺がこんなことをしても、なんの意味もないのかもしれない。

 だけど、タイミングによっては、追い詰められた楯無が未央先輩を人質に取る危険性だってある。

 そして、行けば警察の取り調べを受けるのは確実だし、好きな人が逮捕される瞬間に立ち会うことになる。


 少しでも未央先輩の傷を浅くしたい。


 俺からの思いがけない告白に、未央先輩はかなり驚いていた。

 俺に向けた苛立ちも無くなっていた。


 そして……、


「ごめんなさい、壮一郎。

 ウチ、好きな人がいるの」


 俺はフラれた。


「じゃぁ、ウチ行くね」


 分かっていたことだけど……本当に辛い。

 目の前が真っ暗になりそうだ。


 でもまだだ、止めなきゃ……なりふりかまっている場合じゃない。


「お願いします! 今日だけは、今日だけは俺のワガママを聞いてください」

 俺は土下座でお願いした。

「やめて壮一郎……」

「やめません!」

 こんな迷惑かけるような行為、卑怯だってわかっている。でも俺にはこれしかない。


 ……しばらく沈黙が続いた。


 もしかして未央先輩……俺を置いて行ってない?


 あまりにも長い沈黙に、そんな考えが脳裏をよぎった。そして、

「分かった……だからもう、顔を上げて」

 ようやく未央先輩は答えてくれた。

 よかった……いろんな意味でよかった。


 ……しかし、

「壮一郎、あんた最低よ……もう顔も見たくない」

 代償は大きかった。

 

 でも、よかった……心からそう思う。


 いや、よくはないか……あり得ないぐらい、こっぴどくフラれたんだし。


 でも、俺の願いは叶った。

 

 俺の初めての告白は……ほろ苦さしかない、

 可能性ゼロの告白だった。


 これが俺の『夏物語』の全てだ。



 ***


 

 そして現在いま————

 夏は終わったけど、俺と未央先輩の物語には、まだ続きがあった。


「ごめんね壮一郎、今日は突然おしかけて」

 未央先輩とこうやって肩を並べて歩くのは随分久しぶりだ。ていうか、もう一度こんな日がくるなんて思ってもみなかった。

「いえ、いんです。それより、びっくりしました……」

 優しく微笑んでくれる未央先輩。

「本当はね……もっと早くに会いに来たかったんやよ……でもウチは、壮一郎みたいに勇気が無くて」

 もっと早くに? なんで?

「壮一郎は相変わらず、すぐ顔に出るね」

「え……」

「なんでって顔してたよ」

「あは……お見通しでしたか」

 なんかこの感じも懐かしい。


「でもウチは、あの日の嘘を見抜けなかった」

 あの日の嘘って……なんだ?

「平野さんって素敵な女性ひとに、全部聞いちゃったよ……守ってくれたんだよね? ウチのこと」

 え……平野さんに。

 

 未央先輩がその場で立ち止まった。

「壮一郎ごめん……私一番肝心なこと気付いてあげられなかった」

 未央先輩の目が潤んでいるのが分かった。

「壮一郎が危険を冒してまでウチを守ってくれたのに、ウチは……あんな酷いこと言って……本当にごめん」


 未央先輩の頬に一筋の涙が伝った。


「壮一郎……今度はウチのわがまま聞いて?」

 今度はって……あの時のか。

「こっち来て」

 俺は言われるままに、未央先輩の側に行った。

 すると未央先輩は俺の胸に頭を預け、


「ウチを許して……」

 声を上げて泣いた。

「未央先輩……」


 違うんだ未央先輩……未央先輩は悪くない。

 俺が未央先輩への想いをこじらせただけなんだ。

 俺があの苦しさから逃げ出したかっただけなんだ。


「未央先輩、俺の方こそごめんなさい……隠す必要なんて無かったのに……あんな、やり方してしまって」

 

 俺たちはしばらく、このままでいた。

 溢れてくる感情……涙。

 

 あの日以来、ずっと心の中につっかえていた何かが取れた気がした。



 今日の学校は……完全に遅刻だ。



 ***



「で、壮一郎はウチを許してくれるんかな?」

 いつもの感じに戻った未央先輩が上目遣いで、見つめてくる。

 だからそんな可愛い顔で見つめられて断れる男なんていないって。

「許すも何も、悪いのは俺ですし……」

 許すというのは流石におこがましかった。

「そう……でも、ウチは許さないからね」

「え……」

 悪戯っ子のような未央先輩の笑顔。

「だって、さっき抱きしめてくれなかったし、普通ああいうシーンでは抱きしめるもんやよ?」

 そういうものなの?

「やっぱ、愛依いといちゃんに悪いって思ったのかな?」

 ……愛依。

 うん……確かに愛依のことが頭によぎったのは認める。抱きしめられなかったのはそうかもしれない。

「ねえ、壮一郎、ウチに許して欲しい?」

 そりゃ、許されることなら。

「もちろんです」

「じゃあ、ウチのこと名前で呼んで?」

 うん? いつも呼んでるけど……。

「いつも呼んでるじゃないですか、未央先輩って」

 未央先輩が首を大きく横に振った。

「違う違う、先輩はいらないの」

 あ……。

「ウチの名前は未央先輩じゃないよ、未央だよ」

 は……ハードル高けぇ……でもそれで許されるなら、

「み……未央」

「よくできました」

 出会った頃のような屈託のない笑顔だった。


「さっ、壮一郎、学校行こっか」

「はい」

「ちなみに、学校でも未央って呼ぶんやよ?」

「えええええええっ」


 俺はこの日、ようやく終わらせることが出来た。

 

 告白する前から失恋していた初恋を。

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