第17話 ゲンコツ
夏休み、
……未央先輩と話していると、胸がドキドキして、締め付けられるように苦しくなる。
最初の頃は、寝たら治ると思っていたけど、この苦しみは、翌日以降も続き、日を追うごとに辛くなっていった。
流石の俺も、この胸の苦しみの正体に気付いていた。
でも、認めたくなかった。
だって、未央先輩には好きな人がいるのだから。
つらい……苦しい。
バイトをやめようとも思ったこともあったけど、未央先輩の笑顔が見られなくなるのが嫌で、俺は引くこともできなかった。
「壮一郎、明日休みだっけ?」
「はい」
「なになに? デートか?」
「いや……そんなんじゃないですよ」
「なんだ、つまんないなぁ〜彼女が出来たら教えてね」
「……はい」
彼女なんて出来るわけがない。
だって俺は、
告白する前に失恋しているのだから。
***
翌日——————
俺は、以前からお世話になっている堂島の制作会社に足を運んだ。
もちろん仕事だ。
主な仕事はセキュリティプログラムのメインテナンス。
俺が大阪の中心地で分不相応なマンションに住めるのは、ここでの仕事があるからだ。
「おはようございます。
「おはよう、
平野さんは俺と同郷で、俺にプログラムを叩き込んだ張本人だ。そしてなんと、この会社の女社長だ。
ひと回り以上年上だけど、スタイルの良さと美貌は相変わらずだ。
なんで平野さんがいまだに独身なのかは七不思議の一つに入ってもいいと思っている。
もし俺が同世代なら間違いなく3回はプロポーズしている。
「随分久しぶりだな」
平野さんは普段は東京だから、中々会えるタイミングがない。
「こちらこそ、ご無沙汰してます」
「いやいや、私の方こそすまなかった、仕事ばかり押し付けて、君に会いにも行かず」
「とんでもない、仕事がいただけるだけでもありがたいです」
「嘘をいうな、君が仕事に困ることなど、文明が滅びぬ限りありえんだろ。この間も大活躍だったそうじゃないか、
「そんな、大したものじゃないですよ」
牧野さんも、俺と平野さんの同郷で警察のお偉いさんだ。ちなみに男で、見た目は脳筋のゴリマッチョだ。
「早速だが、ログの解析を頼む。必要があればいつものように対策してくれ」
「分かりました」
「丸投げで悪いな」
「仕事ですから」
俺は早速作業に取り掛かった。
——この仕事はログの解析が命だ。
ログを解析して不審な振る舞いがあれば、それの対策を施して、セキュリティーホールを無くす。とても地道な作業だ。
今日はいつもよりもログの解析に時間がかかったけど特に問題はなかった。後は念のため最新のパッチを当てれば完了だ。
もう一踏ん張り……と思っていた俺の耳に、聞き覚えのある名前が飛び込んできた。
「
楯無って確か未央先輩が好きな人の名前だ……まさか本人?
「ほんまやって、あいつチョロいから、きっとお前でも行けるって、俺が食ったら紹介したるわ」
「うわ、お前マジ悪人やな、ドン引きやわ」
「じゃあ紹介していらんの?」
「あほ! それとこれとは話が別やで」
なんかゲスい話しだ。虫唾がはしる。ていうかあいつって、未央さんじゃないよな?
「でも、女子高生やろ、バレたら捕まるで」
「動画撮るから平気やよ。いざとなれば脅すし」
「うわぁ……クズやなお前」
「何とでも言え」
……女子高生……やっぱ未央先輩の事じゃないのか?
「……」
色んな可能性が脳裏に浮かんだ。
兎にも角にもまずは情報だ。
……楯無は俺と同一IP内に居る。
もし、楯無がスマホをネットワークに繋いでいるのなら、スマホからいろんな情報を取り出すことが出来る。今の話が未央先輩かどうかも分かる。
「どうした壮一郎?」
「いえ、聞いた名前の方がいらっしゃったので」
俺は楯無の方に目をやった。
「あーっ、楯無か」
「はい」
「彼は中々優秀なUIデザイナーだぞ、君が担当した案件にも彼のデザインはあったはずだぞ」
そうか、だから名前を聞いたことがあったのか。
「それに見ての通り、イケメンだろ? 何もしなくても女の方から寄ってくるらしいぞ」
なんて羨ましい……。
「平野さんもですか?」
「バカ言え、私はあのタイプは好かん」
何かそんな気はした。
「じゃぁ、なぜ採用したんですか?」
「彼はデザイン会社からの出向なんだよ」
「出向?」
「そうだ、プログラムとデザインのやりとりをシームレスにするためだな。まあ、今だけ我が社に出向してくれている感じだ」
なるほど、とても効率的なやり方だ。
「だがな……彼は悪い噂も多くてな……従業員が不安がってるから、先方に担当の変更をお願いしているところだ」
能力は高いが、性格に難あり。
だから出向か。
「平野さん、俺、やっちゃってもいいですか?」
俺たちの中でやっちゃっていいかと言えばハッキングだ。
「おいおい、何を唐突に、それはダメだろう……」
「そうですよね……」
止められた以上、ここではダメだ。携帯番号調べて、キャリアをハッキングするか……。
「うん? 壮一郎、何か理由があるのか?」
……この反応、理由
俺はスマホのメッセージで平野さんに理由を送った。
すると平野さんから間髪おかず『うまくやれ』とだけ返信があった。
一瞬で読んだのか……確か速読スキル持ちだったな。
俺はまず、今平野さんに送ったメッセージをログごと削除した。何かあった時に証拠になってしまう。
「相変わらず、見事だな……」
ニヤリと微笑む平野さん。俺がやったらキモいとか言われそうだけど、美人だと何をやっても絵になる。
「師匠がよかったので」
「もう私はとっくに抜かれているがな」
「いやいや、ご謙遜を」
「お世辞はいい、やるなら早くやれ」
「はい、では……」
データ解析は後でじっくりするとして、俺は楯無のスマホデータをごっそりダウンロードした。そして万が一に備え、少しスマホに細工させてもらった。
勿論これは犯罪行為だ。
良い子は絶対真似しちゃだめだぞ。
「完了しました」
「……相変わらず早いな、もはや神業だな」
まあ、仕込んだのは貴女ですけどね。
「師匠がいいからですよ」
「それは、もういい」
「あ痛あっ!」
ゲンコツで頭を叩かれた。
「ふふふ、なんだか懐かしいな」
平野さんにはタイプミスをすると、よくゲンコツを落とされた。
「はい……この痛さ忘れてました」
「もう1発行っとくか?」
「や、やめて下さい……本当に痛いんですよ!」
……そのおかげで、今はタイプミスをしなくなった。
「遠慮しなくてもいいのに」
「しますよ、俺にはそっちの気、ないですから」
平野さんのゲンコツの威力は相変わらずだった。
「で、本来の依頼は終わったのか?」
「あっ、パッチ当てて終わりです」
「じゃぁ、サッサと終わらせろ、メシでも行くぞ」
「はい!」
俺は速攻でパッチを当てて、今日の仕事を終わらせた。
そして平野さんに、高級ランチをご馳走になった後、個室のように間仕切りされているカフェで、平野さんと一緒に楯無のダウンロードデータを確認した。
データの中身は、最悪だった。
楯無……俺はお前を人として許さない。
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