第16話 胸がぎゅーっと
なんやかんやとドタバタしてしまったけど、ようやく事態が収集した今、俺は何故か
お客さんとの打ち合わせが長引いた、貞方母の代わりにキッチンに立った、
つまり代打の代打だ。
あまりにアレな2人の台所仕事に不安を感じ、俺、自らが交代を申し出た。
代打俺ってやつだ。
俺がこんなことを言うのもなんだが、2人とも早めの花嫁修行が必要だ。超絶美少女も完璧ではないということだ。
さて本題がだ、こんな時にパパッと作れて、みんな大好きな料理のド定番といえばやはり、オムライスだろう。
オムライスは卵を焼くテクニックと美味しいソースを作るレシピさえ知っていれば、限られた食材でも満足度の高い一品を作ることができる。
まさにこんな時にでも、うってつけの料理なのだ。
ただし、こんな時が一生のうちに何度来るかは謎だ。もしかしたら、一生来ないことの方が多いのかもしれない。
「お待たせしました!」
「「「おおーっ!」」」
並べられた料理に喜んでくれている貞方ファミリー。
「オムライスとグリーンサラダとコンソメスープです!」
「うはぁ、美味しそう! これを壮一郎が?」
「はい、俺、料理好きなんです」
目を輝かせて喜ぶ未央先輩。
「凄い、凄え、凄んごい!」
「料理もできるんやったら未央安心やん!」
あくまでも俺と未央先輩を結婚させようとするお父さん。
とりあえず見た目の評価は上々だ。
さあ、食べてくれ!
『『いただきます!』』の挨拶でみんながオムライスを一口食べた瞬間、動きが止まった。
「「「う……うまい!」」」
うまい、いただきました。それよりも流石家族、息がぴったりだ。
だがその後は、特に感想も会話もなく3人とも俺の料理をがっついた。
あんまりない反応に俺は少し不安になった。
が、
「「「おかわり!」」」
お……オムライスのおかわりだと……あんまりない反応に俺は驚いてしまった。
「おかわりですね……」
3人ともスリムなのにどこに入っているのだろうか……全部食べ切れるのだろうか。
そんな俺の心配をよそに、3人はあっという間にオムライスのおかわりを平らげた。
「「「ごちそうさま!」」」
3人とも、いい笑顔だ。
まあ、それはいいんだけど、そろそろ俺……帰っていいかな。何となく帰るタイミングを逃し、ずるずると居続けている。
冷静に考えたら、未央先輩とは初対面なのに。
「では、俺、そろそろ失礼しようと思うんですけど」
「待て—————いっ!」
帰り話を切り出した俺を、お父さんが全力で引き止めた。
「壮一郎くん、まだ話は終わってないよ、そうだ、俺のことはパパと呼んでくれたまえ」
なんかイキナリ標準語になってパパと呼んでくれとか……これも大阪特有のボケってやつなのだろうか。
「まだ言ってんのパパ、壮一郎も困ってるでしょ」
そりゃ、未央先輩みたいな美少女と結婚できるとなると嬉しいけど、お互いのことを知らなさすぎる。
「困ってへんやんな壮一郎くん! 未央のこと好きやんな?」
うざいぐらい強引だ。つーか、
「俺……15歳なんで、結婚はまだ……」
俺の言葉で、お父さんが固まった。
失念していたのか。
「ノォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
頭を抱えオーバーアクションで驚くお父さん、いつもこんな感じなのだろうか。
「じ……じゃぁ、うちでバイトせーへん? その代わり未央は好きにしていいし!」
す……好きにしていいだと?!
「こら、
あは、お父さん虎治って言うんだ……めっちゃ強そうな名前だ。
それに楯無さんって……彼氏?
ていうか……どこかで聞いた名前だけど。
「未央……なんで楯無やねん、ワシあいつの事、好かん言うてるやん」
「パパには関係ないでしょ、ウチが好きなんやから!」
好き……やっぱ彼氏か……なんかまた告白もしていないのにフラれた気分になった。
「大丈夫ですよ先輩、俺にそんな根性ないので」
「そやな、壮一郎には無理やよな!」
全力で俺の言葉を肯定する未羽ちゃん。心なしか嬉しそうだ。
……客観的に見ると、俺ってそんなにヘタレなんだ。
「じゃぁ、バイトはどうするねん!」
……バイトか……夏休みの間なら、スケジュール的には問題なさそうだけど……、
「あの、夏休みの間なら大丈夫ですよ」
「ありがとう! それでかまへん!」
虎治さんが思いっきりハグしてきた。
ていうか、虎治さんもめっちゃいい匂いだった。どうなってるんだこの家族は。
「壮一郎……本当にいいの? ウチに気使ってない?」
気を使っていないと言えば嘘になるけど……これも何かのご縁だ。
「大丈夫ですよ。ちょうど夏休みのバイトさがしていたんで」
そんなこんなで、夏休みのバイトがきまった。
そして、もう少しで俺の服が乾くとのことで未央先輩の部屋で話しながら待つことになった。
未羽ちゃんが洗濯してくれていたらしい。
「壮一郎ごめん、なんか色々巻き込んじゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。それより先輩、足はどうですか?」
「あ、そう言えば、全然痛くない、壮一郎のおかげやね」
未央先輩は相変わらず素敵な笑顔を向けてくれた。
「先輩、楯無さんって?」
「あれ……壮一郎、気になるの?」
未央先輩はジト目で俺の頬をツンツンしてきた。
「や、やめてください」
「あれ? 照れちゃってる? 可愛いなぁウリウリ」
やめてくださいと言ったらエスカレートしてきた。
「あは、反応が可愛いね」
そして気がついたら、未央先輩が馬乗りになって、両手首をがっしりと押さえ込まれ、俺は押し倒されていた。
未央先輩の顔が近い……やばい、なんかドキドキしてきた。
「ねえ、壮一郎、キスしたことある?」
え、何その質問? 何かのフラグ?
「な……ないです」
「……したい?」
え……したいって……キス? 未央先輩と?
ダメだ……ダメだダメだダメだ、未央先輩の唇から目が離せない。
あのプルンプルンの唇とキスするって考えると……頭がとろけそうだ。
「壮一郎、今日のお礼にしてあげようか?」
「え……」
未央先輩の押さえつける力が強くなって、だんだんと顔が近づいてきた。
……ち、近い、近すぎる。
話すだけで唇が触れてしまいそうだ。
もしかして、これが俺のファーストキス?
そう思った刹那、
「壮一郎、服かわいた……よ……」
ノックもせず、未羽ちゃんが部屋のドアを開けた。
「な、な、な、な、な、な、何してんねん!」
「え、壮一郎にキスしようかと思って」
さらっと答える未央先輩。
「あか——————ん!」
顔を真っ赤にして阻止しようとする未羽ちゃん。
「お姉ちゃんは、楯無さんが好き言うてたやん!」
「えーでも、楯無さんとは付き合ってないし……」
付き合ってないのか……なんだか少しホッとした俺がいた。
「それに、壮一郎のことも好きやよ」
え……好き……自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「でも、あかん! はよ離れんかい!」
未羽ちゃんの乱入で、ドタバタ劇になってしまったけど、もし、未羽ちゃんが部屋にこなかったら、俺は未央先輩とキスしていたのだろうか。
そんなことを考えていると、胸がドキドキして、ぎゅーっと締め付けられるように苦しくなった。
この時の俺は、このぎゅーっとの正体がなんなのか分からなかった。
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