第14話 真面目か!

 眠い……完全に寝不足だ。その分いい思いはしたけど、色んな意味で布団から出るのが辛い朝だった。

 愛依いといと一緒の布団で眠れることになって、天にも登る気持ちになった俺だけど、もしこれが毎日続くようなら、天に召されてしまうかもしれない。むしろ召されても悔いはない。


 愛依の柔らかい感触と匂い。

 本当に最高だった。目を閉じれば、今でも鮮明に思い出す。

 我ながらこんならしプレイ、よく一晩も我慢できたものだと思う。


 愛依は抱き枕がないと眠れないと言っていたが、今晩も俺は抱き枕になるのだろうか?

 それとも今日こそ抱き枕を買いに行くのだろうか。

 俺としてはもちろん、抱き枕になりたい。

 緊張で眠ることは出来なかったけど、何と言うか、幸福感が凄かった。

 同棲している世の恋人同士は、毎日こんないい思いをしているのだろうか。

 誠にけしからん!


壮一郎そういちろう、朝ごはん出来たよ」

 今朝も愛依が朝食を作ってくれた。少しでも身体を休めることができるから助かるのだけど、これで三食連続だ。

 突然始まった俺たちの同棲生活、家事分担や部屋のことなど、徐々に決めた方がいいかもしれない。


 ——「「ごちそうさま」」

 今日も幸福指数の高い朝食だった。

「後片付けは、俺がするね」

「いいよ、壮一郎はゆっくりしてて」

「じゃあ、一緒に」

「……うん」

 このやりとりは、もはやテンプレ化してきたな。なんかほっこりしてしまう。


「ねえ愛依、今日は、俺たちの生活のルールとか担当、決めない?」

「うん、でも私は壮一郎に居候させてもらってるわけじゃない? だから家事全般は私がやるよ」

 愛依……なんていい子なんだ! でも……、

「それはちがうよ愛依、俺がお願いして一緒に住んでもらってるんだよ。だからそこは気にしないで欲しい」

 ガチ本音だ。まだ2晩過ごしただけだけど、SNSを開けるのを忘れるぐらい充実している。

「うんとね、壮一郎、私もそれは同じなの。私も寂しかったから、お願いしてここに住ませてもらってるんだよ? だから、私がそうしたいの」

 愛依……なんていい子なんだ! 朝から感動した。

「分かった、でも俺、結構家事好きだからさ、なるべく一緒にやろ」

「うん、分かった」

「部屋とか、夜寝る時のこととかも考えておいてよ。俺も考えるから」

「うん……」

 あれ? なんでそこで照れるの?

 愛依が急にもじもじしだした。

「壮一郎はさ、私と一緒に寝るの嫌?」

 ぐはっ……なんだ朝からこの破壊力の高い上目遣いは! 全然嫌じゃないけど、もし嫌だったとしてもそんなことが言えない可愛さだ。

「全然、嫌じゃないよ……むしろ嬉しい……でもなんで?」

「さ……寂しいからに決まってるじゃない」

 ぐはっ……何、その伏目がちで照れるその表情。可愛すぎるよ!

「そういうことなら……ずっと一緒に寝る?」

「……うん」

 ぐはっ……『うん』の一言でこの破壊力。学年ナンバーワン美少女恐るべし!

 でも、なんだろう……俺のほうが役得なのに、俺のほうが上からのこの感じ……これが男を立てるってやつなのだろうか。

「壮一郎、私、部屋は要らないよ、リビングも脱衣所も広いし、でも……」

 でも?

「どうしたの、何でも遠慮なく言って」

「クローゼットだけ貸して欲しいかな」

 ク……クローゼット……。


 ついにこの時が来てしまった。

 思春期男子、一人暮らしのクローゼット、それはとても女の子に見せられるものではない。

 いわば魔境だ。

 ……どうしよう……同じクラスだから下校時間も同じだし、先回りして片付けることなんてできない。


「分かった、でも片付けてからでいい?」

 愛依がお風呂に入ってる時間に片付けよう、そう思っていた俺に、

「うん、私も手伝うよ」

 な……なに……手伝うだと!

 愛依からの死の宣告。


 どうしよう……あのクローゼットの中を見られると、いくら愛依がいい子でも、ドン引きしてしまうかも知れない。かと言って、今まで何でも一緒にして来たのに、ここで断るのも不自然だ。


 どうする? 素直にドン引きされて変態のレッテルをはられるべきか、少し疑われる事になってもそれに抗うか……。

 こんな事なら、同棲前に処分しておけばよかった。でも糸車さんの事は男と思っていたしなあ……、

 回避不可能だったってことだ。


「どうしたの壮一郎? 難しい顔して?」

「い、いや、何でもないよ」

「そう……じゃ、今日帰ったら早速片付けしてもいい? 服とかシワになるの嫌だし」

 くっ……そうか、ずっとキャリーバッグに衣類詰めてたらシワになるか……、

 もしかしてこれ、詰んだんじゃね?

 早退でもする?

 仮病でも使ってズル休みする?

 でもそれでクローゼットが片付いていたら超不自然だよね?

 いや、そもそも……片付けた後のブツをどうするかだ……やっぱ詰みじゃね?


「ねえ壮一郎」

「な、何かな」

「もしかしてクローゼットに、エッチな本とか入ってたりするの?」


 ど……ど直球来ました!


 どうする? これをどう切り抜ける?

 出来るのか俺に、この状況を切り抜けることなんて? むしろここで認めてしまった方が、印象良くないだろうか?


「どうなの?」

 完全にうたがいの眼差しを向けられている。

 これはもう、恐らく誤魔化せない……。


「壮一郎?」

 したり顔の愛依。


 ……俺は覚悟を決めた。


「う……うん」

「そうなんだ、やっぱ男の子なんだね! ちょっと安心したよ!」

 あれ? 何か思った反応と違う。

「嫌だったり、引いたり、軽蔑したりしないの?」

「するわけないじゃない、男の子なんだもん、普通だと思うよ?」

 屈託のない笑顔で愛依は答えてくれた。

 理解があって助かります。


「でも、あんまりマニアックだったら、引いちゃうかも知れない……」

 やっぱ、引いちゃうんだ。

「でも、安心して! 軽蔑する事はないから!」

 軽蔑する事はない……安心していいの?

 つーか、マニアックってどのラインからなんだろう?

「ねえ、壮一郎」

 いたずらっ子の顔になっている愛依。

「うん?」

 この展開はまさか……、

「見せて」

 やっぱり……まだ学校までは時間があるけど、

「み、見たいの?」

「見たい!」

 な……なんてこった。ここまでバレて断ると、つまんない空気になるよね……。


「本当に軽蔑しない?」

「しないよ、私のことが信じられないの?」

 愛依にしては押しが強い!

「いえ、信じてます!」

「じゃ見せてね」

 眩しい笑顔を向けてくれる愛依。俺は君の笑顔を見ていると羞恥心が爆発しそうだよ。

「分かった」


 一目散にクローゼットへ向かう愛依。

「ここかな」

 そして愛依は、躊躇なく禁断の扉を開いた。

 さあ、罵ってくれ! 覚悟は出来ている!

 

 ……しかし愛依からは何の反応もなかった。

 もしかして愛依的に、もの凄くマニアックな物が含まれていたのだろうか。


「壮一郎……」

「はい……」

「これってR15ばかりだよね?」

「うん、そうだよ」

 愛依の目が点になった。

 もしかして……ドン引きしてるのだろうか?


「私はもっとこう、エチエチでR18なやつだと、思ってたよ」

「え……なんで?」

「……なんでって言われても」

 愛依……何言ってるんだ。

 R18とかダメに決まってるじゃないか。

 だって……だって……、


「だって俺は16だよ!!」

「ま……真面目か!」

「えっ……」

 はじめて愛依の突っ込みを聞いた。


「……もういいよ」

「何で?」

「ううん、ちょっと安心したけど、また不安になって来た」

 力なく返す愛依。

「え、本当にどう言う事?」

「壮一郎は気にしなくていいよ」


 この時の愛依の気持ちを理解できるようになるのは、俺がもう少し大人になってからだった。

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