第13話 抱き枕
今は午前3時ってところだろうか。
明日も学校だというのに俺は、この時間になっても眠れないでいる。
手の届く距離に学年ナンバーワン美少女がいて、その寝顔を独り占めできる。誰もが羨む状況だと思う。
でも……、
流石に距離が近すぎるわ!
なんと
寝息は聞こえるどころか肌で感じているし、
可愛い寝顔はほぼ目の前だし、
手が届くを通り越して密着しているし、
そして更に、胸の感触が……。
本人
思春期の男子がこれを耐え抜くのは、ある意味拷問だ。
嬉しいけど……嬉しいけどさ……、
なんで、こうなった!
私は、壮一郎がお風呂に入っている間に、ある作戦を思いついた。
名付けて『壮一郎抱き枕大作戦』
作戦内容は至ってシンプル。
私が壮一郎を抱き枕にして寝る。ただそれだけだ。
普通、思春期の男子ならそんな状況、絶対に耐えられずに手を出してくると思う。
そこが私の狙いだ。
べ……別に手を出されたいわけじゃないけど、あんなに勇気を振り絞ったお風呂で肩透かしをくらっちゃったし……何だろう。
このモヤモヤする気持ちの責任を、キッチリと壮一郎に取ってもらいたい。
そんな思いからだ。
——シャワーの音が止まった。
もうすぐ、壮一郎が出てくる。
さっそく作戦開始だ。
気まずそうな顔で壮一郎が出てきた。
「ねえ壮一郎、今日も一緒に寝よ?」
……パっと壮一郎の表情が明るくなった、それと同時に面白いぐらい戸惑う壮一郎。本当にウブな反応が可愛い。
「べ……別にいいけど、なんでまた急に?」
別にいいけど、だとぉ……壮一郎は私と一緒に寝るのが嫌なの?
私はまた、ムッとしてしまった。
「急じゃないよ、昨日だって一緒に寝たし……お風呂だって……誘ってあげたのに」
自分で言ってて思ったけど、結構私、大胆な事してる。
……ていうか、壮一郎がフリーズしちゃったんだけど、大丈夫だろうか。
それでも構わずに、私はフリーズしている壮一郎にもう一押しした。
「嫌なの?」
……お、おう……壮一郎がめっちゃキョドりだした!
本当に大丈夫? 無呼吸になってない?
「嫌じゃないよ! ていうか……めっちゃ嬉しいし」
やっと焦点があった。壮一郎の口から出てきた『嬉しい』で私は少し安心した。
「本当?」
「うん……本当だよ」
よし! 私は心の中で呟いた
「きて、壮一郎」
私はお布団の上で両手を広げて、壮一郎を誘った。言われるままに目の前に座る壮一郎。
なんか、改まると照れる。
壮一郎を見つめていると、何故だか分からないけど……急に抱きしめたくなった。
香山先輩の件は本当に嬉しかったし、未央先輩の件は本当に頑張ったと思う。
でも、色んな感情が入り混じった私は、
「壮一郎のばかぁ」と囁いていた。
こわばっていた壮一郎の身体から力が抜けて行くのが分かった。
「ねえ、壮一郎……お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「俺にできることなら、何だって聞くよ」
快く引き受けてくれた壮一郎。
かかった……これで今夜の壮一郎の運命は私が握った。
「壮一郎……実は私ね、抱き枕が無いと眠れないの」
「うん? 何それ?」
「何それじゃないよ、抱き枕がないと眠れないの……だから昨日も一緒に寝たんだよ?」
「本当なの?」
「……うん」もちろん本当だ。抱き枕は流石にキャリーバッグに入らなくて、こっちに来てから買うつもりだった。
「……何か、意外だね」
よく言われる。
「本当はね、今日、買いに行くつもりだったんだけど」
「うん」実際、今朝までそのつもりだった。
「でも、壮一郎がいるから、いいかなって思って……」
「えっ」
盛大に驚く壮一郎。これも事実だからね。私の為に悪者になる壮一郎を見て、今夜は抱き枕よりも、壮一郎をぎゅっとしていたいと思ったの。
「だから壮一郎、今日、私の抱き枕になって?」
「はぁ——————————っ?」
またまたいい反応の壮一郎。
「ダメかな?」
壮一郎が私の上目使いに弱いのは知っている。だから私は上目使いで壮一郎を見つめた。
「俺はいいっていうか、むしろ光栄だけど……俺なんかでいいの?」
明後日の方向を見て照れる壮一郎に、
「俺がいいの」
私は笑顔で答えた。
「うん……分かった」
壮一郎は落ちた……作戦は成功だ。
後は、壮一郎が手を出してくるのを待つだけだけど……。
って……手を出す?
何か勢いに任せてやっちゃったけど、冷静になって考えたら、凄く不安になってきた。
もし本当に壮一郎が手を出してきたらどうしよう。
私達……一線を超えてしまうの?
ダメダメダメダメ、ちゃんと付き合ってからじゃないと嫌だ!
ていうか、付き合うの? 私と壮一郎が?
やだ、私……何の覚悟もない……お風呂も壮一郎が断ってくれたから良かったものの……。
ダメだ、いざとなったら緊張してきた。
私……ヘタレだ。
「愛依どうかした?」
「ど……とうもしない!」
ダメだ……意識するとどんどん緊張してきた。
「愛依、もう寝る?」
「髪、乾かしてくる!」
私は逃げるように、髪を乾かしに行った。
昨日みたいに髪を乾かしている間に寝てくれていたらよかったのだけど……、
「ドライヤーの音聞いてると、やっぱ眠くなるね、でも今日は寝なかったよ!」
壮一郎はバッチリ起きていた。いや、寝ろ! 今すぐ寝ろ!
「「おやすみ」」
電気を消すと、超緊張してきた。
暗闇の中、隣り合って寝ると壮一郎の鼓動が聞こえてきた。ていうか、心拍早くない? 大丈夫?
緊張していた私だけど、壮一郎の鼓動を聞いていると、なんだか落ち着いてきた。
——そして気が付いたら朝だった。
私は、見事に壮一郎を抱き枕にして眠っていた。
壮一郎の顔を見ると、目蓋がピクピクしていた。もしかして起きてる? 眠れなかった?
まだ、起きるには早い時間だった。
私は壮一郎の寝顔? を、しばらく眺めていた。
そしてしばらくすると壮一郎と目があった。
「おはよう、愛依」
「おはよう、壮一郎」
壮一郎の目の下に立派なクマが……やっぱり眠れなかったのだろうか。
「愛依はよく眠れた?」
それでも私を気遣う壮一郎。
「うん、私はよく眠れた、壮一郎は?」
「俺もよく眠れたよ」
見えすいた嘘をつく壮一郎。絶対眠れなかったはずだ。
でも、その私を気遣う嘘に騙されてあげた。
壮一郎は私に手を出さなかった。
手を出されることを期待した計画だったけど、ヘタレな私には結果オーライだった。
もしかして女としての魅力がない?
一瞬複雑な気分になったけど、きっとそうじゃないんだ。
壮一郎は、ツナっちはそういう子なんだ。
私たちの同棲は始まったばかりだ。
焦る必要はない。
お互いの気持ちを素直に告白できる日まで、私は待っている。
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