第12話 長い夜になった

 なんとなくはぐらかしていた部分も含め、未央みお先輩と、俺の間に起こった出来事を、全て愛依いといに話した。


 愛依は何故、俺と未央先輩の過去が気になるのだろうか? 逆に俺はそこが気になるけど……それはまあ、女の子って、そういう生き物なのだろうと考えることにした。


 全て話し終えると、愛依は物悲しそうな表情をうかべ、

「……がんばったね壮一郎」

 優しく俺の頭を撫でてくれた。

 泣きそうになったけど、何とか堪えることができた。


 誰にも話したことのない、心にしまっていた、未央先輩との夏物語。

 愛依に『がんばったね』と言われて、少しだけ救われた気がした。

 未央先輩との夏物語は、またの機会に詳しく語ろうと思う。気になるだろうけど少し待ってほしい。

 

「壮一郎、遅くなったけど明日も学校だし、お風呂しようよ」

 お風呂……お風呂といえば、一緒に入ってもいいっていう、あの話はイキなのだろうか。

「うん……とりあえず、お湯はりしてくる」

「ごめんね、よろしく」

 愛依のリクエストに応えて、未央先輩とのことは正直に全部話したつもりだ。

 もし、あの話がイキなら、愛依と一緒にお風呂に入ることになる。

 

 女子と一緒にお風呂。

 今まで考えた事もなかった。

 裸……だよね。

 見ちゃうんだよね? 見られちゃうんだよね?

 めっちゃ恥ずかしいじゃん。

 浴槽を流しているだけなのに、めちゃくちゃドキドキしてきた。


 ——まだソファーに座っていた愛依の隣に座り、顔を見合わせる。

 愛依は自然体でニコリと微笑みかけてくれたけど、俺は自然体になんてなれなかった。

 時折、愛依が話しかけてきても、お風呂の事が気になり過ぎて、俺は空返事しかできなかった。


「お風呂が沸きました」


 ……ついにきた。運命の瞬間。


「どうする壮一郎?」

 ん、どうするって……まさか!

「お風呂、一緒に入る?」

 

 キタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!


 一緒に入る、いただきました!

 恥ずかしいけど、めっちゃテンションが上がる。

 愛依の裸……見てもいいんだよね?


「でも、一緒に入ると今までの関係じゃいられなくなるよ? 壮一郎はそれでいい?」

 真剣な表情で俺を見つめる愛依。

 今までの関係でいられなくなるってどういう意味だ?

 もしかして……本物の恋人になるってこと?


 ……まさかね。

 学年ナンバーワン美少女の愛依と俺じゃ、釣り合いが取れなすぎる。恋人同士になるなんて夢のまた夢だ。


 となると……、

 

 はっ!


 俺は昨晩、愛依に言われたセリフを思い出した。

『壮一郎は、私が寝てても変なことしなかったね。ギリギリ合格だね』

 つまり、約束だから一応提案してくれたけど、一緒にお風呂に入ると、ギリギリ合格ラインから、不合格になるってことか。

 もしかして最悪の場合、同棲解消もあり得る?

 

 くぅぅぅぅぅぅぅぅ一緒に入りたい! 愛依と一緒にお風呂に入りたい!

 でも、それによって愛依との関係性が崩れるのは嫌だ。

「い、いやだなぁ、愛依! 俺はお風呂につられて全部話したわけじゃないんだよ!」

「じゃぁ、一緒に入らなくていいの?」

 くっ……なんて目で見つめるんだ。

 決意が鈍っちゃうじゃないか。

 でも、ここは俺達の関係維持の為にも我慢しなくちゃならない。

「う……うん、先に入っちゃって」

 俺は断腸の思いで、ご一緒のお風呂をお断りした。


「そう、分かった……」

 その刹那、この部屋の空気がとてつもなく重くなった。


 あれ? 愛依、なんか機嫌悪くなってない?

 張り詰めた空気の中、無言で風呂支度を整える愛依。

 な……なんだっていうんだ。


「壮一郎の意気地なし!」

 えっ……、

 愛依は、キッと俺をひと睨みし、明らかに怒りながら、浴室に向かった。

 

 なになに、どういうこと? 

 俺、何か怒らせるような事した?

 俺は呆然と愛依を見送った。



 ***



「壮一郎のバ————カっ!」


 湯船に顔をつけて、思いっき叫んだ。

 あんなにソワソワしてたから誘ってあげたのに、なんで断るの?

 信じられない!


 私はイライラをぶつけるところがなくて、爆発寸前だった。


 流石に曖昧な関係のまま、一緒にお風呂に入るのは無理だから……今までの関係ではいられなくなるけど……なんなのよ、あの見えすいた嘘は!

 ……土壇場になって逃げ出すなんて最低!


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 大声でも出せば少しは気分もスッキリするかと思って、湯船に顔をつけて叫んだ。


 ……もしかして壮一郎は、私とこれ以上の関係になることを望んでいなのだろうか。


 そう考えると、胸が締め付けられるように苦しくなった。


「ばか……ハンバーグ……頑張ったのに」



 ***



「お先いただきました」

「……うん」

 愛依はお風呂から上がっても、重い空気を漂わせていた。


 本当に俺……何が悪かったんだろう。

「じゃあ、俺も入ってくるね」

「うん」 

 とりあえず、お風呂でゆっくり考えるしかない。


 ——浴室にはまだ、愛依のシャンプーのいい匂いがまだ残っていた。もし一緒に入っていれば今頃どうなっていたのだろうか。

 あんなことや、こんなこと……想像が膨らむ。

 俺は選択を間違えたのだろうか。

 いや、そんなことはない、一時の欲望に負けて愛依との関係性が悪化するなんて勘弁だ。


 愛依は愛依であると同時に、糸車さんなんだ。

 SNSの繋がりとはいえ、俺が辛い時や寂しい時に、糸車さんが救いの手を差し伸べてくれたことを忘れられるものではない。

 糸車さん、いや、愛依は間違いなく俺にとって一番大切な人だ。

 絶対離したくない。

 愛依のためなら、どんな辛いことだって耐えてみせる。


 ——俺がお風呂から上がると、既にリビングには布団が敷いてあった。


 そして布団に座っていた愛依が、

「ねえ壮一郎、今日も一緒に寝よ?」

 俺を誘った。


 な……なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!


 愛依の一言で、さっきまでの空気の重さはどこかに吹き飛んでしまった。

 一緒に寝るってお誘い……俺はどう捉えたらいんだ?

「べ……別にいいけど、なんでまた急に?」

 俺の言葉で、愛依はぷーっと口を膨らませた。

「急じゃないよ、昨日だって一緒に寝たし……お風呂だって……誘ってあげたのに」


『ドクン』……、

 

 やばい……過去にないほどに胸が高鳴る。もし、俺が高齢者なら、天国に逝ったまである。


 それよりどういうことだ?

 お風呂は社交辞令でオッケーしてくれただけじゃないの?

 あの条件を飲んでしまえば、愛依はいなくなるんじゃなかったの?

 いや……この際、お風呂のことはもういいだろう。過ぎたことだ。

 今夜、愛依と一緒に寝る。

 今考えなければならないのはこの事実だ。


「嫌なの?」

 上目遣いの『嫌なの?』……鼻血が出そうになる程、破壊力が高い。ここでもし、嫌って言える男がいるのなら、俺は持てる全ての力を使ってでも、そいつを抹殺する。

「嫌じゃないよ! ていうか……めっちゃ嬉しいし」

「本当?」

「うん……本当だよ」


「きて、壮一郎」

 布団の中で両手を広げで俺を誘う愛依。

 俺は、言われるままに愛依の前に座った。


 見つめあって、赤く頬を染める俺と愛依。

 愛依は俺をぎゅっと抱きしめ、

「壮一郎のばかぁ」

 と囁いた。


 俺たちの長い夜は、始まったばかりだった。 

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