第11話 長い夜になるね

壮一郎そういちろう起きて」……うん? もう朝?

「起きてってば」……ごめん、あと5分

「おーい」……まだ5分経ってないよ。

「よし、そっちがその気なら、こっちにも考えがあるんだからね」

 うん? なんだか脇腹のあたりがくすぐったくなってきたような……、

「こちょこちょこちょこちょ」

 くすぐったい! くすぐったい! くすぐったい!

「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 俺は慌てて飛び起きた。


 ん、あれ? 愛依いとい? 未央みお先輩は? 

「やっと、起きたね、寝坊助くん」

 寝坊助くん……今朝も聞いたセリフだけど?


 少しすると、ボーッとしていた頭が回転し始めた。


 ……あ、そうか……、


 どうやら俺は、愛依の前で眠ってしまったようだ。しかも未央先輩と出会った時の夢まで見てしまう始末。なんか申し訳なさでいっぱいだ。

「ごめん、愛依、俺、寝ちゃってた」

「いいよ、それより早くヨダレ拭いちゃって」

 う……顔に手を当てると、べっとりと濡れた。愛依の言う通り、思いっきりヨダレをたらしていたようだ。めっちゃ恥ずかしいんだけど。


「壮一郎、ご飯出来たから、冷めないうちにテーブルに並べるの手伝ってくれる?」

「あ、うん」

 普通寝起きって、あんまり食欲がそそられないものだけど、この匂い……もの凄く食欲がそそる。


 これはデミグラスソースか!

 愛依はハンバーグの王道、デミソースハンバーグをチョイスしたようだ。めっちゃいい匂いだ……これは期待しかない。


「うおーっ! 美味しそう!」

「へへっ、頑張ったんだよ」

 俺のために頑張ってくれたのか……それだけで胸熱だ。

 盛り付けも、素晴らしい!

 これは愛依からの愛を感じざるを得ない。


 もしかして、恋人のフリをしている間に、愛依は本当に俺のことを好きになっちゃった?


 ……流石に無いか! 俺と愛依では釣り合いが取れなさ過ぎる


「「いただきます」」

 ハンバーグにシーザーサラダにコーンポタージュ。俺の大好きな物ばかりだ。


 今朝は、あまりの味噌汁の美味しさに驚いた俺だけど、ハンバーグは俺のソウルフード。

 例え愛依が愛情を込めて作ってくれたものであっても、味の評価に妥協はない。

 勝負だ、ハンバーグ。


 俺は期待マックスでハンバーグを口にした。


 ……こっ……これは!?

「ハンバ——————————————グ!」

「な、何なの?」

 愛依は俺の奇声に驚いていたが、自然に出てしまったんだから仕方がない。

 めっちゃ美味しい!

 ハンバーグ自体もめちゃくちゃ美味しいのだが、デミグラスソースがヤバい!

 コクも旨味も完璧だ……これは究極のハンバーグだ。

「愛依! めちゃくちゃ美味しい! 俺、こんなハンバーグ食べた事ない!」

「そう、良かった」

 そして、愛依の笑顔が最高のスパイスだ。

 いま、俺の幸福指数は世界一の自信がある。

「でも、大袈裟じゃない?」

「大袈裟なもんか! ハンバーグ自体の味付けとか焼き加減も最高だけど、このデミソースが超ヤバいよ! 商品化したら絶対売れるよ! むしろ俺が買う! 買い占めるよ!」

「あっ……ありがとう」

 俺の熱気に少し気圧される愛依。でも、それほどの代物なのだ。

「また、作ってあげるね」

 少し照れて、俺を見つめる愛依。

 俺はあまりの可愛さに、愛依を直視出来ず、ひたすらハンバーグをがっついた。


「あーっ、ばっかり食いはダメだよ?」

「あっ、そうだよね」

 危なかった。

 愛依に指摘されなければ、ご飯との黄金比率が崩れるところだった。この絶品ハンバーグでそんな失態は犯したくない。


 今日の朝食と夕食で俺の胃袋は愛依にガッツリ掴まれた。

『男の心をつかつには、まず胃袋から』とはよく言ったもんだ。


「「ごちそうさま」」


 色々と満たされた、食事だった。

 俺の満足感は計り知れない。


「後片付けは、俺がやるから愛依はゆっくりしてて」

「ううん、一緒にしよ?」

 ……一緒にしよ……そんなふうに言われて断れる男なんていない。

「ありがとう、じゃあ、一緒に」


 今日も肩が触れ合うたびにドキドキして、昨日と同じく、洗い物はあっという間に終わった。愛依と一緒だと本当に倍速で時間が流れる。


「じゃ俺、風呂入れてくるよ」

「あっ、壮一郎ちょっと待って、その前に」

 その前に?

 何だろう?  

 風呂を入れに行こうとした俺を呼び止めた愛依がソファーに座り、超絶笑顔で自分の隣をトントンしている。

 これは、隣に座れって事なのか?

 

 取り敢えず俺は愛依の隣に座った。

 この距離感……やっぱ緊張するなぁ……。

「ねえ、壮一郎」

「なに?」

「なんで寝言で未央先輩の名前を呼んでいたの? 聞かせてくれる?」

 え……俺、寝言で未央先輩の名前を……。

 にこやかに話す愛依。逆にそれが怖い。


「ごめん愛依! 未央先輩と出逢った時の夢を、見ていました……」

「何で謝るの? やましい事でもあったの?」

 笑顔で押し切る愛依。怖いよ! 

 さっき迄の幸せカムバック!


「やましい事なんてないよ!」

「壮一郎、目が泳いでいるよ?」

「え……」 

 目が泳いでる? 確かに動揺はしているけど……。

「ふーん、何かあったんだ」

「いや、無いよ! 何も無い!」

「じゃあ、なんでそんなにムキになっているのかな?」

「いや、それは……」

 さっき迄、俺の幸福指数は世界一だった。なのに今は……急降下だ。


「未央先輩との出会い……教えてくれるよね?」

「う……うん」

 俺は愛依の笑顔に逆らえなかった。


 俺は、自転車置き場から家に送り届けるまでの出来事を、愛依に話した。


「ふーん」

 何か心なしか、愛依のトーンがワントーン下がった気がする。

「それで?」

「それでって?」

「続きあるんだよね? 家まで送ったんだもんね?」

「いや、何もないよ」

 続きと言えば、未央先輩のお父さんに気に入られて……強引に結婚させられそうになったことぐらいだけど……そんなややこしいこと話せない。

 

 本当に未央先輩とやましいことは何にもない。


 太ももを触ったのだって、手当てのためだし、肩を貸していたのだって未央先輩が捻挫してしまったからだ。

 

 でも、俺は何故か、そこを伏せて話してしまった。やましいことなんて何にもないはずなのに。

 何でだろ?


「あーあ、本当のこと教えてくれたら一緒にお風呂入ってあげてもよかったのにな」


 な、な、な、何!?

 お風呂だと?! そ……それは、

「本当なの?!」

 あまりの衝撃に、俺はつい前のめりになってしまった。


「あるのね、隠し事」

 しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 愛依の顔から笑顔が消え、キッと睨まれた。

  

 俺は頭を抱えて悶えるしかなかった。

 つ……つい、一緒にお風呂の誘惑に負けて、誘導されてしまった。


「話してくれるよね、壮一郎」

 ま……また笑顔だと? でも今までにない愛依の威圧感。


「は……はい」

「今夜は長くなりそうね、壮一郎」


 愛依に気圧けおされ、俺は未央先輩との出来事をあらいざらい話すことにした。


 愛依の言う通り、今日は長い夜になる。

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