第10話 し・ば・く・で

「ぶーぶー」

 口を尖らせて自転車の後ろに座る未央みお先輩。

「そんなに、ぶーぶー言わないで下さいよ」

 結局、俺達は2人乗りしなかった。

 俺が真面目に『2人乗りなんかダメですよ』って言ったわけではない。

「だってぇ……」

「仕方ないじゃないですか、パンクしちゃったんですから」

 そう、倒れた拍子にダメージを受けたのは、未央先輩だけじゃなく、自転車もだった。

「あーあ、なんか折角、青春っぽいシチュエーションになりそうやったのにな」

 そういう意味では俺も残念だ。でも、

「先輩だったら、いくらでもそんな機会があるんじゃないですか?」

「ぶぅぅぅぅぅぅぅ!」

 ほっぺを膨らませる未央先輩。

 あれ? なんか怒らせた? 可愛すぎじゃね?

「そうじゃないよ、壮一郎。ウチほどの可愛さをもってしても叶わない夢もあるんやよ」

 この人自分で可愛いって言っちゃった!

 まあ、事実だから気にもならないけど……、

「叶わない夢?」

「誰でも、いいってわけじゃないの!」

 なるほど……、

 えっ、てことは俺はいいの?

「壮一郎は彼氏とかは無理だけど、可愛い後輩キャラとしては最適やよね」

 秒で、俺の勘違いは正された。

 当然っちゃ、当然だけど、告白もしていないのにフラれた気分だ。


「壮一郎、ウチん、もうすぐだよ」

 先輩の家と俺の家は結構近所だった。

「よかった、それなら大丈夫そうですね」

「何が?」

「天気ですよ。なんか怪しいでしょ?」

 さっきから雲行きが怪しくて、雨に降られないか正直不安だった。

「あー、そうやね」

 そんな会話をしながら二人で空を見上げると、突如雨雲がたちこめ、空が暗くなり、雨が一粒二粒と落ちてきた。

「「あれ?」」

 二人で顔を見合わせた。

 そして、あっという間に豪雨になった。


 雨は俺達の衣服をびしょ濡れにすると、直ぐに止んだ。

 局地的豪雨ってやつだ。

 

「壮一郎……残念、間に合わなかったね」

「そうですね……」

 ……でも、残念ばかりではない。雨に濡れた未央先輩の髪、とてもセクシーだった。それと……ブラウスが透けて……。


「ちょっ、壮一郎、あんまり見たらあかん」

 赤面する未央先輩、さっきまでと全然違う可愛らしさで、俺はドキドキが止まらなかった。


「本当にエッチだな、壮一郎は」

 なんか女の子にエッチって言われると、凄くドキドキしちゃうんですけど。

「不可抗力です……」

 なんて話している間に、

「ここやよ」

 未央先輩の自宅に到着した。とても立派なマンションだった。


 未央先輩がまだ足を引きずっていたので、部屋の前まで送ることにした。

「ありがとうね、壮一郎、でも、こっち見ないでよ」

「はい……」

 濡れた身体で濡れた身体を支える。

 中々くるものがあった。

 そして、未央先輩の圧倒的な良い匂い。

 未央先輩に激しく女の子を感じてしまう俺だった。


「じゃあ、俺は帰ります。あんまり酷かったら病院行って下さいね」

「うん、今日はありがとう」

 でも、去り際になって未央先輩は、

「待って、壮一郎」

 俺を呼び止めた。

「やっぱ上がっていって、そんなびしょ濡れのままじゃ返せないよ」

 上がっていって……凄く魅力的な提案だ。

 だけど正直、俺にとって未央先輩は刺激が強すぎる。これ以上、未央先輩のいい匂いに耐えるのは逆に拷問だ。

「大丈夫ですよ先輩、俺ん、すぐ近くなんで」

「ダメだって風邪ひいちゃうし」

「本当に目と鼻の先なんですよ」

「ダメって言ったらダメだって」

 未央先輩は帰ろうとする俺の腕にしがみ付いてきた。

 胸の感触がモロだ……やばいって本当に。


「痛っ……」

 でも、足を痛めている未央先輩を振り払う事もできずに俺は……、

「おじゃまします」

 意志の弱さを露呈した。


「ただいま!」

「おかえり〜って姉貴……どうしたん? びしょ濡れやん、つーか、男と肩組んでるやん! 彼氏! 彼氏やんな!」

 妹さんだろうか……未央先輩譲りの美少女が俺達を出迎えた。

「何やて! 彼氏やて!」

 妹さんが言った『彼氏』に反応して、未央先輩のお父さんらしき人が、慌ててやってきた。

 長髪で、顎髭あごひげで、背が高くて、シュッとしていて、いかにもクリエイターって感じで、男の俺から見ても格好いい。


「違う違う、後輩の壮一郎だよ、ちょっと色々あってさ」

「ちょっとって何やねん……何でお前らびしょびしょやねん! なんで引っ付いとんねん! 離れんかい!」

 これがコテコテの関西弁ってやつなのだろうか。俺の周りには、ここまでの関西弁を話す人はいないから、なんかちょっと怖い。


「ゲリラ豪雨やよ、んで、捻挫したみたい」

「ね……捻挫やて!」

「そ、だから、肩借りてるの、分かった?」

 軽く未央先輩が説明したけど、お父さんにめっちゃ睨まれた。

「ど……どうも、忽那くつなです」

 俺は反射的に自己紹介した。


「お前、未央に変なことしてへんやろな!」

 めっちゃ凄まれた。

 でも、その刹那、

「オトン、ええ加減しとかな、しばくで……」

 未央先輩が物凄い低いトーンで、お父さんを威圧した。

「じ……冗談やん! 分かるやろ? なー忽那君」

 凄い変わり身の早さだ。

「分かったらいいのよパパ、壮一郎の着替え用意してくれる?」

 未央先輩の変わり身も早かった。


「ここウチの部屋だから、ここで着替えて」

 とりあえず俺は、お父さんのデニムとティーシャツ渡され、未央先輩の部屋で着替えることに……、

 未央先輩の部屋はとてもスタイリッシュで、男の部屋か、女の部屋か、見た目には分かりづらいけど、やばいぐらい未央先輩のいい匂いがする。

 ……ていうか、女の子の部屋で服を脱ぐとか、なんか背徳感がすごい。

「壮一郎」

 俺が、パンイチになったところで未央先輩が部屋に入ってきた。

「あ、ごめんね、着替え終わったらリビングに来てね」

 裸を見られてしまった。

 俺はめっちゃ恥ずかしかったけど、未央先輩は全く動じていなかった。やっぱ大人だから?


 着替え終わって、未央先輩の言いつけ通りリビングに来たけど、未央先輩の姿はなかった。

 ていうかデスクとパソコンがずらりと並んでいて、リビングというより、まるでオフィスだった。

「ん、似合っとるな。なんでお前ワシと一緒の足の長さやねん、腹立つなぁ」

 そんなことで腹立たれても……。

「すみません……お借りしてます」

「おう、未央はシャワー入ってるで、その辺で適当にくつろいどいてくれ」

 シャワー……足大丈夫なのか? 

 それに、くつろいでくれって、言われても……まだちゃんと紹介もされていないのに、ハードルが高い。

「あーくそーっ、なんで上手くループせーへんねや」

 ループ?

 俺はその聞き覚えのある用語に興味が湧きお父さんのモニターを覗き込んだ。

PHPぴーえいちぴーですね」

「うん? なんやお前、知っとんの?」

 PHPはホームページなどで使われるプログラム言語だ。

「はい、ちなみにそこの、条件文間違えてますよ、それじゃ変数に値が入りません」

「なにい?!」

「修正しましょうか?」

「お……おう」

 プログラムは俺の得意分野だ。この程度なら、パっと見るだけでどんなプログラムか想像がつく。

「おっけーです。修正できました」

「まじか! 早過ぎじゃね? 適当なこといってへんか?」

「チェックしていただければ」

「お……そやな」

 お父さんはデータをサーバーにアップして、プログラムのチェックを入念に行った。


「おーっ! すげぇ! 動いてる!」

 めっちゃテンションが上がるお父さん。声がでかい。

「お前すげーな、天才じゃね?」

「いや、そんな……全然ですよ」

「いやいやいやいや、本職のプログラマーでもこんな早く修正出来ひんで!」

 未央先輩のお父さん圧が凄い。


「ねえ二人で何を盛り上がってるの?」

 そこへシャワーから出てきた未央先輩が現れた。

 濡れ髪に、キャミソールに、ホットパンツがとてもセクシーだった。でも、擦りむいた太ももが、ちょっと痛々しい。


「おう未央、ちょうどいいところに出てきた」

「何がちょうどいいのよ」

「お前こいつと結婚しろ」

「はぁ——————————っ?」


 え……何の冗談だろう。

 でも、未央先輩のお父さんの目は結構マジだった。



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