第9話 未央との出会い
ハンバーグのタネ作りがこんなにも楽しいだなんて、今日の今日まで俺は知らなかった。
「愛依、次は何手伝えばいい?」
「もう大丈夫だよ、
「え、でも俺、全然疲れてないよ?」
「ダーメ、そういう問題じゃないの、今日は私が壮一郎のために作りたいの!」
俺のためにって……
「分かった、ありがとう」
愛依の気持ちを汲んで、今日のところは大人しく引き下がった。
しかし……二人でいて何もしないってのは何か落ち着かない。
とりあえずソファーにだらんと体を預け、愛依の後ろ姿を眺めていた。
「……」
つーか……なんで俺はエプロンを買わなかったんだろう。このシチュエーションで愛依がエプロンを着けていたら、割と男の夢だったのに。
後悔先に立たずとはこのことだ。
「……」
くそっ! ボーッとしていたら、エプロンのことばかり考えてしまう。
……何か、別のことを考えないと。
ぱっと思い浮かんだのは、未央先輩のことだった。
……未央先輩、久しぶりだったけど、相変わらずな感じで、ブッ飛びの美人だったなぁ。
俺と
***
——ある日の放課後。
自転車置き場の近くを通ると、物凄い音が聞こえてきた。
急いで駆けつけると、誰かが見事にドミノ倒しの自転車の下敷きになっていた。
これって、もしかして大惨事?
俺は焦った。
慌てて、自転車を退かした。
「だ、だ、だ、大丈夫ですか!」
そして俺は更に焦る事になる。
自転車の下から現れたのは、どこのモデルだよって突っ込みたくなるほどの美貌の持ち主だったからだ。
「あ痛ったあ……」
「大丈夫ですか? 頭打ってませんか?」
「あ、うん、ありがとう。受け身取ったから」
この状況で受け身ってどういう事だと思っていると、擦りむいた手のひらを見せてくれた。
そして更に更に俺は焦ることになる。
彼女のスカートが、際どいラインまでめくれ上がっていたからだ。しかも
俺は思わず目を逸らした。
「あ……あの、スカート」
「ああ、大丈夫大丈夫、見られても減るもんじゃないし」
「いや、俺のメンタルがすり減ります」
「あは、可愛い反応するね、君は」
めっちゃ美人なのに、変わった人だと思った。
「立てますか?」
「うん、大丈夫!」
なんて言っていたが、彼女は自力では立ち上がる事が出来ずに、俺に寄り掛かってきた。
めちゃめちゃいい匂いだった。
あまりのいい匂いに意識が飛んでしまうんじゃないかと思った。
取り敢えず腰を掛けられる小上がりまで、彼女を連れて行き、偶然持っていた殺菌消毒剤のスプレーとガーゼで、彼女の手のひらの応急処置を行った。
「ありがとうね……ていうか君、なんでそんなの持ち歩いてるの? もしかしてドジっ子?」
自転車の下敷きになっていた人に言われたくない。
「昨日、ドラッグストアで買ってカバンに入れっぱなしだったんです」
「ふーん、そっかやっぱドジっ子やね」
なんでドジっ子なんだよ……それよりも彼女、太腿もすりむいていたな。
「あの、よかったらこれ足に使ってください」
彼女はニヤッと笑い、
「えーっやってよ、この手じゃ上手くできな〜い」
と、おねだりしてきた。
「でも、場所が場所だけに……」
「君は怪我人相手に何を意識してるの? エッチね」
え……エッチて、
彼女は俺の意思を無視して、怪我の箇所が見えるギリギリまで、スカートをまくり上げた。
「はい、早くしてね」
もし俺が女性経験豊富なら、夢のようなシチュエーションなのかも知れない。
でも俺は、将来有望な魔法使い候補だ。
俺は目を背けながら、殺菌消毒剤をスプレーした。
「ガーゼもお願いできる?」
「え……でも、足さわっちゃいますよ?」
「だから何を怪我人相手に意識してるの? あっ、もしかして、むっつり君?」
む……むっつり君って。
「違いますよ!」
「じゃぁ、お願いね」
とても素敵な笑顔だった。
とはいえ、女の子の太腿に触れるとか緊張しかない。しかもスカートの中も見えそうだし。
手当どころでは無かった。
スベスベの太ももの感触……思春期の俺には色々と危なかった。
「出来ました……」
「ありがとうね、むっつり君」
お……おう、このままでは、彼女の中で俺の名前がむっつり君になってしまう。
「……むっつり君じゃありません」
「ほう、じゃぁ名前は?」
「
彼女は少し不機嫌そうな顔になった。
「君はつまんないなぁ、このタイミングで聞く名前はそっちじゃないでしょ?」
つまんない……タイミング……そんなの分かるわけない。
「壮一郎です」
でも俺は素直に答えた。
「そっ、ありがとう壮一郎、ウチは
貞方未央……噂に聞いたことがある。
3年ナンバーワン美少女で、その笑顔に魅了された男子達から、ひっきり無しに告白されるが、いまだに誰からの告白も受け入れたことがない『撃墜女王』だと。
確かに噂に違わぬ美貌と、素敵な笑顔だ。それに目元のホクロが超エロい。
「何ボーッとしてるの?」
「いえ、なんでもないです。とりあえず俺、自転車立ててきます」
「あーっ、なんかごめんね」
「気にしないでください」
自転車を直しに行ったのは、好意からではない。未央先輩に寄りかかられたことや、
しかも、未央先輩は必要以上にいい匂いがする。
頭を冷やしたかったのだ。
自転車を全部立て終わり、未央先輩の元へ戻った。
「終わりましたよ、具合どうですか?」
「うーん、なんか転んだ拍子に足捻っちゃったみたい」
未央先輩はくるぶし辺りを押さえていた。捻挫かな?
「え、マジっすか? 保健室か病院連れて行きましょうか?」
「ううん、いいよ」
「え……でも」
「その代わり、家まで送ってって」
「へ」
突然のお願いに呆然とする俺に、未央先輩は超絶笑顔で両手を広げる
俺の鼓動がドクンと大きく跳ね上がった。
もしかして……抱っことか?
「俺、俺、俺なんかでいいんですか?」
何を言ってんだ俺は。
「俺なんかって……また怪我人相手に何か意識してる? 壮一郎はとことんエッチね」
くっ……俺の年頃の男の子でエッチじゃない方が問題だぞ! 多分……。
「いえ、決してそんなワケじゃ……ただ、なんと言うか恐れ多いというか、俺なんかがおこがましいっていうか」
「何それ、ウケる」
結構ガチで笑われた。なんというか未央先輩はすごくナチュラルな感じの人だ。
「壮一郎、とりあえず、肩貸して、そしてウチを自転車置き場まで連れてって」
抱っこではなかった。
つーか、下の名前呼びだと……しかもこんな超美人に。
下の名前で呼ばれるだけでも緊張するのに肩を貸すとか……大丈夫か俺?
それでも俺は、言われるままに肩を貸した。
「ごめんね壮一郎、会ったばかりなのに迷惑かけて」
「迷惑なんてとんでもない」
そう、迷惑どころかご褒美だ。こんな美少女に肩を貸せるなんて……この先の人生で、二度と無い可能性が高い。
……ていうか、顔が近い。
ま、肩組んでるから当然なんだけど、俺口臭大丈夫? 息止めた方がいい?
「壮一郎、ウチの自転車これ」
今時珍しく、後ろに座れるタイプの自転車だった。
「壮一郎、自転車乗れるよね?」
「一応乗れますが」
「じゃ、よろしく」
自転車の鍵を渡された。
「れっつごー!」
レッツゴーって……。
俺と未央先輩の出会いは、こんな感じだった。
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