第8話 新婚生活みたい
いつものスーパーに買い物に来るだけで、こんなにもテンションが上がるだなんて想像したこともなかった。
二人で並んでカートを押す。
なんて尊いんだ。
世の同棲カップルたちは、こんな幸せを毎日味わっていたのか!
これがリア充ってやつなら、爆発しろって言うやつの気持ちもよくわかる。
「買い忘れないかな?」
「うん、多分大丈夫だと思うけど」
「ここのスーパーいいよね、スパイス色々あるし、美味しいの期待してね!」
メガネ越しでも愛依の瞳が輝いているのが分かる。
「うん、期待してる」
「あれ?
「
……おっ、おう……、
俺達に声を掛けて来たのは、我が校3年の、
肩口ぐらいの長さのゆるふわロブヘヤー、ぱっちり二重の目元にあるホクロがとてもセクシーで、とても高校生とは思えない、大人の色香が漂う美貌。
どんなもん食ったらそんなスタイルになるんだってよってぐらいのスーパーボディ。
未央先輩は、我が校3年生ナンバーワン美少女だ。
「珍しいね、こんな所で会うなんて……髪型も違うし、メガネだし、最初分からんかったよ」
愛依と未央先輩のツーショット。
本当ならテンションの上がる光景なのだが……。
「普段コンタクトなんです」
「そうなんや、で……後ろの彼は?」
ニヤリと俺を見つめる未央先輩。
「え、いや、その……」
愛依にしては歯切れが悪い。未央先輩の事、苦手なのかな?
「あ、いいよいいよ、2人でスーパーに買い物に来てるってのは、そういう事やよね」
含みのある言葉だった。
「じゃ、邪魔しちゃ悪いからウチは行くね」
「いや、そんな邪魔だなんて」
「いいから、いいから、またね愛依ちゃん」
「え、あ、はい」
「またね、壮一郎」
「……うん、未央先輩」
「……え」
にこやかに微笑みかけてくる未央先輩。
「可愛い彼女、大切にしなよ」
「うん、ありがとう」
去り際の未央先輩と俺のやりとりを聞いて、きょとんとする愛依。
そう、俺と未央先輩は初対面ではない。顔見知り程度の仲でもない。
それなりに親しい間柄だった。
「壮一郎、未央先輩と知り合いだったの?」
「うん、ちょっとね」
「ふ〜ん」
ジト目からの、
「後でじっくり聞かせてね」
超絶笑顔の愛依。
「聞かせる程の出来事は何もなかったけど」
「いいから聞かせて」
笑顔で押し切る愛依。なんか超迫力です。
もしかしてこれは……ヤキモチ?
愛依が俺に?
恋人なのはフリだけなのに?
帰り道——
さっきまで上機嫌だったのに、今は言葉数も少なく歩くペースもめっちゃ速い愛依。
原因は間違いなく未央先輩と俺の関係だ。
何か絶対に疑っている。
……これは早目に誤解を解いておかないとマズそうだ。
「愛依、待って速いよ」
「そう? 全然普通だし」
いや……全然普通じゃない。今の速さなら競歩の大会でも通用しそうだ。
「夏に未央先輩の実家でバイトしてたんだよ!」
とりあえず、独り言になってもいいから話す事にした。
「バイトって?」
愛依はやっと、立ち止まってくれた。
「ホームページを作るバイト。先輩の実家は家族で制作会社を経営しているんだよ」
「えっえっえっ、ホームページ? 壮一郎そんなの作れるの?」
めっちゃ驚く愛依。
「うん、デザインは苦手だけど、プログラム系は得意だから」
「ほえー」
目を見開いて驚く愛依。俺は愛依が『ほえー』なんて驚き方をする事に驚いた。
「まあ、先輩後輩、上司部下って関係かな」
「そうなんだ」
愛依の歩くペースが戻った。機嫌直ったかな?
「でも、随分自然に名前で呼んでなかった? 私の時は1時間以上も練習したのに」
「いや、だってバイト先、皆んな
「あーっ……確かにね」
直ぐに納得してくれた。
「それだけの関係だよ」
愛依が立ち止まり俺を上目遣いで見つめる。
「本当?」
めっちゃドキドキする。何もやましい事はないけれど、その目で見つめられてしまうと、自分の記憶を疑ってしまいそうになる。
「……本当だよ」
「そっか」
安堵の表情を浮かべる愛依。俺もようやく安心した。
「愛依は何で、未央先輩と知り合いなの?」
「……生徒会だよ、未央先輩に強引に生徒会に誘われて、めっちゃ雑用押し付けられて」
「……なるほど」
めっちゃ想像がつく。
「壮一郎、バイトとかしてたんだね、今はしていないの?」
「うん、未央先輩のところでは、もうやっていないよ」
「その言い方だと、他のところではやっているみたいだけど?」
なかなか鋭い。でも隠す必要もないので、正直に話した。
「在宅で出来るバイトをたまにやってるよ」
「在宅で出来るバイト?」
「うん、俺プログラム系得意って言ったじゃん? だからモジュール単位の案件とかたまに受けてるよ、他にもセキュリティーホール系の検証とか、まあ色々」
ポカーンとする愛依。
「よく分からないけど、何だか凄そう」
この辺の話題は、苦手な人はとことん苦手だ。大雑把に説明したつもりだったけど、それでも細かすぎたかもしれない。
「パソコンを使った仕事だよ!」
「そっか、よく分からない」
笑顔で分からない宣言、清々しいです。
「壮一郎って、結構食べる?」
「うん……どっちかって言うと燃費は悪い方かな」
「痩せてるのにね」
「痩せの大食いってやつだよ」
「じゃぁ、特大ハンバーグ作ってあげる」
「おーっ! めっちゃ嬉しい、どっきりドンキみたいな平べったいのがいいな」
「任せといて、ワラジみたいな大きさの作ってあげる」
「それは流石に、大きすぎかな……」
愛依の機嫌もすっかり直った。
——「ただいま」
不思議そうな顔で愛依が俺を見つめる。
「さっきも思ったけど、何で誰もいないのに、ただいまなの?」
「あー、意識したことなかったな。何となくだよ」
「ふーん、じゃぁ私もこれからそうしよ」
愛依が食材を冷蔵庫にしまう。胸熱な光景だ。これから毎日、こういう感じなんだよな。
いや、毎日買い物したら流石に破産してしまうか。
「今日は、壮一郎ゆっくりしててね」
「いや、手伝うよ」
「だめ、今日は頑張ってくれたし、ね……」
うー……何度見ても愛依のモジモジする仕草はたまらない。
「じゃぁ、タネ作りだけ手伝わせて」
「うん……」
今日ほど1LDKに住んでいて良かったと思った日はない。ワンルームのキッチンだと狭くて二人で作業なんて出来ない。
でも1LDKだと横に並んで作業ができるのだ。
「壮一郎、上手だね」
「俺、結構料理好きなんだ」
「やっぱ、いいお嫁さんになるね」
「あはは」
だから俺は一応、男だって。
「壮一郎、私のお嫁さんになる?」
「え……」
一段と大きく胸の鼓動が跳ね上がった。しかもハイペースで。
タネをこねてる手を止めて見つめ合う俺と愛依。
お嫁さんにはなれないけど……これって結婚しようってこと?
心なしか愛依も頬を赤く染めている。
「あ……壮一郎は男だからお嫁さんはダメだったね」
「そ……そうだよ」
でも、8割ぐらいお嫁さんでもいいと思った俺がいます。
「ねえ、壮一郎……私達このままずっと二人で暮らし続けたら、結婚しちゃうのかな?」
け……結婚。
愛依と結婚。
今まで考えたこともなかったけど、同棲するとあり得るのか。つーか俺まだ16歳だけど。
「なーんてね」
俺が答える前にはぐらかされた。
今日は色々あったけど、俺にとっては新婚生活体験みたいな1日だった。
「壮一郎」
「なに?」
「呼んでみただけ」
無邪気な笑顔が可愛い愛依。
ずっとこんな日が続いて欲しい。
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