第6話 バカっ!

 言葉にすればR18に抵触しそうな、罵詈雑言を愛依いといに浴びせる香山先輩。

 俺は我慢できなかった。

 1分1秒でも早く、愛依をその口撃から解放したかった。


「黙ろうかって何やねん、俺はテメーにひと言も話しかてへんやろ?」

 いきなり、もの凄い剣幕でまくし立ててくる香山先輩。そんな事は分かっている。むしろ香山先輩と話すのは今がはじめてだ。

「それですよ」

 俺はスマホを指差した。

「……あ、あん? スマホがなんやねん?」

 うん、明らか動揺したね。

「いいんですか、言っちゃって、先輩のやってることを?」

「お……俺が何やってるっ言うとんねん!」

 素通りしていた生徒達だったが、香山先輩と俺が揉めているのに気付いて、一人二人と足を止める。

「あんたでしょ? 愛依いといへの誹謗中傷の書き込み」

 何で知ってんだよって顔をしている。この人は分かりやすい。

「しょ……証拠はあんのかよ!」

 色々と証拠はあるけど、まさかリアルにこのセリフを聞くことになるとは思わなかった。

「今、先輩が手にしてるスマホが証拠です。今も書き込んでいたでしょ?」

「は……はあ?」

「見せていただけませんか?」

「な……なんで、俺のスマホをテメーに見せなあかんねん!」

「先輩の身の潔白を証明するためですよ」

「何が、潔白や! ただの言いがかりやんけ!」

 うん、それはもっともだよね。でも……、

「何で見せへんねんやろ?」「香山怪しくね?」「見せてやれよ香山」「あの書き込みって香山なの?」

 野次馬がそれを許さない。

 ここでもう一押し。

「もし、先輩の身の潔白が証明されたら、俺は詫びとして全裸で土下座します!」

「ちょっと、壮一郎!」「クッシー?」


「面白れーじゃねーか、見せてやれよ香山」「見せろ香山」「香山見せろ」

 周りを巻き込む。本当はこんなやり方は卑怯だし、遺恨を残す可能性もあるからしたくない。でも、あんな書き込み、1秒でも放置したくない。

『『見せろ!』』『『見せろ!』』『『見せろ!』』『『見せろ!』』

 野次馬による見せろコールが巻き起こる。

 これで見せないのは自分が犯人だと認めたのと同じだ。


 俺は香山先輩に近づき、彼にだけ聞こえるように話しかけた。

「見せれませんよね? カオリちゃん」

 香山先輩の動揺が、さらに激しくなった。カオリちゃんは香山先輩の別アカウントだ。香山先輩は別アカウントで女装レイヤーとして活動しているのだ。

「知ってますよ? 例のアカウントと、カオリちゃんと、先輩のアカウント、IPアドレスとデバイスID一致してますからね」

 香山先輩の目が泳いでいる。思考停止してやがるな。

「て……テメー、ふざけんなよ!」

「その振り上げた手、どうするんですか? こんなギャラリーの前で殴ったら停学ですよ」

「くっ……」

 分かりやすく『うぐぐっ』となる香山先輩。

 案外小心者かもしれない。

「先輩……俺は別にスマホ見せてもらわなくても、IPアドレスとデバイスID一致の証拠を持って、警察に被害届を出してもいいんですよ?」

「てっ、テメーがなんで、そんなところ迄しゃしゃり出て来るねん!」

「そんなの決まってるじゃないですか」

 このセリフをいうために、悶絶しながら練習したんだ……だから言わせてもらう。


「彼氏だからですよ」


 香山先輩が言葉を失った。

 このまま、晒しあげてもいいのだけれど……、

「先輩、取引しましょう。先輩が今後、愛依に余計なちょっかいを出さないと約束してくれるのなら、俺が泥をかぶります」

 まさかって顔をしてやがる。

「スマホ確認するフリをして、アカウントを消します。スマホ、渡してくれますか?」


『『見せろ!』』『『見せろ!』』『『見せろ!』』『『見せろ!』』

 鳴り止まない見せろコール。もう選択肢はないだろう。

「わ……分かった、約束する」


 俺はスマホを受け取り、約束通り誹謗中傷のアカウンを消した。

 そして、

「香山先輩、すみませんでした!」

 深々と香山先輩に頭を下げた。

 これでミッションコンプリートだ。


「え、何?」「何もなかったん?」「冤罪?」「だよな、香山がそんなことするはずないもんな」「て事は、全裸土下座?」


 今にも全裸土下座コールが巻き起ころうという雰囲気だったが、

「男の全裸なんて見ても、嬉しくねーよ。許したるわ」

 香山先輩のひと言で騒ぎは丸く収まった。


「香山心広いな!」「さすが香山」「なんだよあの一年」「偉そうなこと言ってハッタリかよ」「かっこ悪!」「ダサっ!」


 結果、香山は男を上げて、愛依への誹謗中傷も止まり、俺は全裸土下座を免れた。これなら遺恨も残らないだろう。勢いでふっ掛けてしまったけど結果オーライだ。


「ねえクッシー……今の茶番、なんだったの?」

 茶番か……確かに茶番だ。

「いや、香山先輩が俺たちの後ろで、ずっとスマホいじってたから、例の書き込み、香山先輩が犯人なのかなって勘違いしちゃった」

「なんなん、それ、めっちゃ格好悪いやん」

「……だよね」

「でも、彼氏だったら敏感にもなるよね。あの書き込み、めっちゃ腹立つもん」

 青戸がスマホを取り出す。例の書き込みを見るつもりだろう。

 だけど、

「あれ、書き込み消えてるやん?」

 その書き込みは俺がついさっき消した。

「俺が、香山先輩に絡んでるの見て、真犯人が飛び火来ないように、焦って消したんじゃない?」

 もっともらしい理由をつけて、はぐらかした。

「おー、それあるかも? やるやんクッシー」

「え、何で?」

「クッシーが恥かいたおかげで、書き込み消えたんやし、彼氏の役割果たしたんじゃない、ねー愛依」

 青戸の問いかけに愛依は答えなかった。そういえば、さっきから愛依が大人しい。

 もしかして、望まない解決方法だった?

「……愛依?」

 うつむく愛依の顔を青戸が覗き込んだ。

 

 すると愛依は、今にも泣きだしそうな顔で、

「バカっ!」

 俺に抱きついてきた。


「い……愛依?」

「あんなのダメ……壮一郎だけが悪者じゃない」

 愛依が、肩を震わせている。もしかして泣いているのか。

 今度は違う意味で周りから注目を集めて、気が気じゃなかった。

 でも、

「ありがとう……壮一郎」

 俺は間違えていなかったようだ。

 


 ***



「ういっすツナ」

「ちっすミッシー」

 俺が教室に着くなり、ミッシーはめっちゃニヤニヤしていた。

「見たぞツナ、なんか香山先輩と面白い事やってたな」

 ミッシーも見てたのか。

「いや、全然面白くないし、見てたんなら助けてくれてもいいじゃん」

「やだよ、なんで彼女持ちを助けなきゃなんねーんだよ、しかも相手は学年ナンバーワン美少女、轟さんだぞ? 朝から公衆の面前で抱き合いやがって……しかも、付き合ってること、俺にも内緒にしてるし、なんなら香山先輩応援しようかと思ったわ」

 公衆の面前……最後まで見てたのか。つーか、内緒も何も、昨日の今日の話だし、本当は付き合ってないし、まあミッシーには本当の事を話しておくか……。

「ミッシーここだけの話な……」

「うん?」

「俺と、轟さんはな……「お、おいちょっと待て」」

「何だよ、話の途中で」

「いや、いいから後ろ見ろって……」

 愛依が仁王立ちで俺を睨んでいた。

「と……轟さん」

「愛依でしょ」

 笑顔だけど凄い威圧感……色々察した。恋人のフリは二人だけの秘密ってことだよな。

「そ……そうだったね、愛依」


 この日を境に俺は、女難の相を疑うほど数々の事件に巻き込まれていくが、この時の俺はまだそんな事など知らない。


 切っ掛けはSNSの書き込み。


 今を変えたい小さな気持ちが、運命を大きくかえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る