第4話 可愛い寝顔

「壮一郎、起きて」うん……まだ眠い。

「ねえ、壮一郎、起きてってば」だから、眠いって……。

「早く起きないと、遅刻するって」遅刻……今日は学校?

「壮一郎、置いていくよ!」うん? 置いていく?

「起きろ、壮一郎!」

 ブワァサッと掛け布団を剥ぎ取られた。


 そうだった……俺は、

「お……おはようとどろきさん」

 学年ナンバーワン美少女、とどろき 愛依いといと同棲を始めたのだった。

「おはよう、寝坊助くん、寝ぼけて私の名前忘れちゃった?」 

 そして、その学年ナンバーワン美少女に、満面の笑みを向けられながら胸ぐらを掴まれる俺。

 ……寝起きで失念していた。お互い名前で呼び合うようになったんだった。

「おはよう愛依いとい!」

「おはよう壮一郎そういちろう

 つーか俺、いつ眠ったんだ? で、今どんな状況?

 パジャマ姿の愛依が、寝ている俺に馬乗りになって胸ぐらを掴んでいる。

「壮一郎、寝顔、可愛かったよ」

「にゃっ!」

 今朝もドクンと鼓動が大きく跳ねた。

「先に寝ちゃうんだもんな、ちょっと寂しかったよ、もっと話したかったのに」

 ジト目でも可愛い愛依。なんか幸せだなぁ……責められてるけど。

「面目ない……」

 更にジト目で見つめる愛依。

「冗談よ」

 愛依は掴んだ胸ぐらから手を離し、立ち上がった。

 ホッ……今朝はこれで許してくれそうだ。

「壮一郎、朝ご飯出来てるよ」

 え……マジか。

「冷蔵庫にある物、勝手に使わせてもらっちゃたけど、ごめんね」

 上目遣いで俺を見つめる愛依。可愛い過ぎるだろ!

「いいよ、いいよ! そんなの! 何なら全部使っちゃって!」

「そ……ありがとう」にっこり微笑む愛依。ヤバい、顔が綻ぶ……めっちゃミッシーに自慢したい。いや、むしろ世界中に自慢したい。俺は世界一幸せだと!

 

 ——しかし、俺が真の幸せを味わうのは、この後だった。


「こ……こんなにも」

 炊き合わせに、酢の物、味噌汁、そしてメインは……鮭のレンジ蒸し……畜生、朝の栄養バランスバッチリじゃないか!


 つーか、朝からなんて手の込んだメニュー。

「これ、めっちゃ時間掛かったんじゃない?」

「そうでもないよ、さあ、召し上がれ」

 いやいやいやいや、絶対にそんな事はないのに、そんな台詞を事もなげに言ってのける愛依、女子力高過ぎだろ!


 よし、落ち着け……まずまは味噌汁からだ。

 俺は味噌汁にこだわりがある。普段は、まるで小姑のように口うるさいのだが、


 ……ん! こっこれは?


「うまい!」


 語彙力不足だとか表現力不足だとか言われても、それしか出て来なかった。

 俺の理想とする究極の味噌汁がそこにあった。

「愛依、めちゃくちゃ美味しいよ!」

「そう、良かった」

 にこっと答える愛依。

 俺いま、どんな顔してるんだろう。ニヤニヤしてキモい顔になってないかな。

「でも、愛依、どうやったら、こんな味になるの?」

「うーん、これと言って特別なことはしていないけど、強いて言えば」

 強いて言えば?


「愛情を込めることかな?」


 あ……愛情だと?


 天使です! 我が家に天使が降臨しました!


「ぐはっ……!」

「ど、どうしたのよ、いきなり?」

「い、いや何でもないよ」

 あまりの衝撃にショック死するかと思った。

「美味しいよ! 美味しいよ愛依!」

 そして、俺は嬉しさのあまり、涙が溢れてきた。

「やだ、食べながら泣かないでよ」

「そんなこと言ったって、嬉しいんだもん!」

 愛依は呆れ顔をしたかと思ったら、またニコっと笑って、

「これから毎日作ってあげるね」

 俺のハートを鷲掴みにした。


「「ご馳走さま」」


 味噌汁について熱く語り過ぎたが、愛依の料理はどれも最高だった。

 可愛くて料理も美味いなんて……無敵かよ!


「私、洗面所で着替えるから」

「ん、ああ、分かった」

「覗かないでよ」

 また、破壊力のあるセリフを……愛依はわざとやっているのだろうか。

「ぜ、善処します」

「覗いたらこの画像ばら撒くからね」

 ん……画像?


「ノォォォォォォォォッ!」

 愛依のスマホを覗き込むと、何とも間抜けな寝顔の俺が写っていた。

「こんなのいつ撮ったの?」

「先に寝るからよ」

 うぅ……ぐうの音も出ない。

「ごめんなさい、絶対覗きません」

「分かればよろしい! 壮一郎も早く用意しなよ」

「あ……うん」


 身支度を整えるために、自分の部屋に来た俺にひとつの疑念が……、


 ……愛依の匂いがしない。


 むしろ誰も部屋に入った痕跡がない。

 リビングは愛依のいい匂いで満ち溢れているのに俺の部屋からは、愛依のいい匂いがしなかった。

 昨日俺はリビングに布団を敷いて眠ってしまった。だから愛依は、てっきり俺の部屋で寝たものだと思っていたけど……、

 まさか!

 俺は慌てて自分の身体を匂ってみた。

 右腕辺りから、愛依のめっちゃいい匂いがした。

 ……もしかして俺、腕枕しちゃった?

 俺たち一緒に寝ちゃった?

 そう考えるだけで猛烈に鼓動が速くなって来た。

 な……何やってんだよ! 俺は!

 何で起きなかった? 何で起きなかった? 何で起きなかった?

 せっかくの、至福の時間に何やってんだよ……本当に。


「ねえ……壮一郎、洗面所空いたよ」

「ん、あ、ああ」

「ていうか、なに悶えてたの?」

 み、見られた! キモいとか思われてないかな? いや、そんな事よりも真実を確認しなければ……、

「あのさ愛依、昨日の夜って愛依、どこで寝たの?」

 

 急に顔が真っ赤になる愛依。

「り……リビングよ」

 やっぱり! て、事は……、

「もしかして、一緒に?」

 コクリと小さくうなずく愛依。



 ダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 


 いっ……一生の不覚!


 学年ナンバーワン美少女が、隣で寝ていて気付かなかっただなんて!


「仕方ないじゃない! そっちの部屋は、壮一郎の部屋だし、勝手に入るわけにはいかないし」

 愛依は口を尖らせてそう言った。


 ま、まあ……普通はそうだよね。全ての元凶は、先に眠ってしまった俺です。何でそこまで頭が回らなかったんだ、俺のアホ!

「嫌だった?」

 うぐっ……やめて、そんな目でそんなセリフを言われると、心臓が止まってしまう。

「全然、そんなことないよ! むしろ……その、嬉しいというか……」

「うん? 最後の方何て言ったか聞き取れなかったけど?」

「いや、何でもないんだ」

「ふーん、そうなんだ」

 ジト目の愛依、タジタジの俺。

「嬉しいとか、だったら、今晩も考えなくもなかったんだけどね」

「嬉しいです! めちゃめちゃ嬉しいです! むしろ生まれて来てよかったです!」


 必死過ぎる俺を、愛依は上目遣いで見つめる。

 これは、期待していいのか?


「うそだよーだ」

 はぅっ……チクショウ! なんだよそのアカンベー。可愛すぎて直視できないじゃないか!

「でも……」

 でも?

「壮一郎のかわいい寝顔は、また見てみたいかな」

 顔が真っ赤になって行くのが自分でもよく分かった。

「早く用意しないと、遅刻しちゃうよ」

 

 朝からこんなに幸せで良いのだろうか。


 こんな感じで、俺たちの同棲生活の1日が始まった。



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