500 巡る

ひとしきりなじりあってから鵲が口を開いた。

「ま、ここまでたどり着いたご褒美です。聞きたいことがあればどうぞ」

 おや、ありがたい。気になっていることはいっぱいある。

「じゃ、神っているの?」

「いますよ。ただ、私たちにも正体はわかりません」

「じゃあ、何で確信できる?」

「感じるんですよ。私たちは神に繋がっている。神に監視されている。こればかりは管理局の職員でないと理解できません」

「お前らは腕や指みたいなもんか」

「いいえ。そんなたいそうなものじゃない。私たちは、そうですね、細胞のひとかけらでしかない。この宇宙には数多の生物が、惑星がひしめき合っています。神にとって自身の一部なのでしょうが、それ一つを知覚できません。推測ですがね」

 なるほど。人間が肉眼では自分の細胞を観察できないように、神とやらは末端の職員なんかどうでもいいのか。

「納得。ぶっちゃけ、お前らはどこまで権限があるんだ?」

「職員によってまちまちですね。惑星を丸ごと書き換えられる奴もいます。ま、それでさえも神にとっては大したことではないのでしょう」

 ……マジでオレらから見れば全知全能だな。いやはや、挑戦し甲斐がありそうだ。

「やはり、あなたは職員になるつもりなんですね?」

「ああ。百舌鳥はくたばった。銀髪はやがて蘇生する。つまり地球支部の支部長は空になる。違うか?」

「ええ、その通りです。――――彼女がそれを許せば。今はまだ彼女がここの支部長ですので」

 不意にオレの体を杭が襲う。一瞬で動けなくなった。見ると銀髪……蘇生するまではここの職員である銀髪がオレに手を向けていた。

「……どういうつもりだ銀髪。話はついていたはずだよな」

「ええ……でも、あなたにはやってもらいたいことがあります」

「何だよ」

「クワイを、いいえ、を救ってください」

「何を言うかと思えば……現在あいつらはそんなに悪い立場じゃないだろう?」

 結局ヒトモドキはエミシの監視下におきつつ、全員がエミシの従僕として働いている。奴隷とまではいかないが、その一歩手前の身分だった。

「かもしれません。でも、もう少しだけ、少しだけ、自由をあげてください」

「無理だ。他の奴らが納得しない」

 ヒトモドキへの恨みは根強く、数年でそれを解消することはできなかった。後百年あればそれもなくなるかもしれないが……わからない。

「それでも! やってください!」

「何で今更。自分でやれ。もう少しだけ待ってやっていいぞ」

「無理なんですよ!」

 喉から火がでそうなほどの絶叫だった。大きくない体のどこにそんな空気を溜めることができたのか。

「私じゃ無理なんです! こんな、あっさり騙されて……私のことを何とも思っていない人たちのことを信じちゃうような馬鹿な私じゃ!」

 嗚咽と、涙が混じった絶叫。

 ……美月と久斗、そしてアグルのことか。少なくとも以前は知らなかったことだ。つまり、誰かが銀髪に教えたことになる。

「……余計なことを」

 鵲を睨む。容疑者はこいつしかいない。テレパシーか何かでも使ったのか。さっきまでの話はただの時間稼ぎだったのか。

「何も知らないままじゃかわいそうかと思いまして」

「いいのか? お前だっていずれオレの部下が名前を言いに来るぞ」

「別に構いませんよ。もうどうでもいいです。長く生きるとやはり無気力になるのです。それにあなたも責任を取った方がいい」

 鵲はけだるげな眼差しでオレを見つめている。

「何の責任だよ」

「あまたの生物を殺した責任ですよ」

 確かにオレは生き残るために他者を殺したそれが間違っていたとは思わないけれど、もっといい方法があったかもしれないし、何よりオレが命令しなければ死ななかった命があったのも事実だ。敵味方の区別なく、それはあったはずだ。

「それを言われるとつらいけどさあ。おい銀髪」

「何でしょう」

「オレが保証してやる。今のお前ならきっと世界を救える」

 人の醜さ、自分の愚かさ。それを自覚した銀髪ならそうそう不可能なんかない。

「かもしれません。でも、私は確実な方法を選びます。それに、ここにいる私の記憶を生き返った後の私が保持しているかどうかがわかりません」

 どうやら説得の余地はないらしい。

「ち、具体的にどうするつもりだよ」

「あなたを地球に転生させます。それから、向こうの世界に……クワイに帰ってください」

「断る。言っただろ? オレたちはコピーだ。そんなことをしてもここにいるオレに何の益もない」

「だから、あなたがここからあなたに指示を出してください。もしもうまくいけば、支部長でも何でも私にあげられるものは全て捧げます」

「無理だろ。二人同時には存在できない」

「いいえ。六人目の転生者と同じ理屈です。数をごまかします」

 今回、銀髪は大量の蟻を殺して転生させた。その辺りを利用するつもりなのだろうか。

 なるほど。オレが騙すべき相手は銀髪でも百舌鳥でもない。自分自身か。

「いいよ。やってやる。なあに、一度は神の尖兵を殺して国も滅ぼした。オレならできるさ」

「ありがとうございます。じゃあ、転生させます」

 躊躇はない。こいつはかつての味方を救うためならなんだってするだろう。そこに意味があるとかないとか、そんなことよりも自分が何かを成したという確信が欲しいのではないだろうか。

 光がオレを包む。見ると傍らに一人の蟻がいた。どうやらこいつが生贄らしい。

 そして宙を舞う感覚。光、音、匂い。すべての感覚が消え去り、ただ動くという実感だけがある。眼下には青い星。きっと、地球。故郷だと思っていた場所。帰りたかった場所。もっとも帰りたかった理由も安全な生活が欲しかっただけだ。

 今は……どうだろうか。コピーであることを自覚して、安全な生活も保障されてもまだ地球に帰りたいだろうか。

 そもそもこの景色は本物なのか。それともこれはあくまでも天界にいるオレが見えているだけの景色で、実際には移動してないのか。何一つわからない。

「ま、わからないことを解き明かすのは楽しいからな。今回もやってやるさ」

 オレの意識はそこで閉じた。新しい命に向かっていった。

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