499 無価値

 長年オレを影から苦しめてきた宿敵を葬ってすっきり爽快! それと同時に人影が一つ、歩み出てきた。中性的で、正体の掴めない誰かだった。

「初めまして。私はかささぎと申します。あなた方の世界、我々の認識ではアベルという世界を担当する支部長です」

「出たな黒幕。この事件、全部お前が仕組んだんだろ?」

 喧嘩腰のオレに対して銀髪はうつむいたままだった。

「まさかこんな事態になるとは思っていませんでしたよ。せいぜい嫌がらせになればいいかと思ったのですが……百舌鳥が予想よりもはるかに愚かだったのでどうにかなりました」

 否定しないのか。こいつの名前は推測できる。何故ならオレたちの世界で有名なヒトモドキとなれば最有力候補は三人だけだ。

 すると、そこでまた新たな人影が歩み出た。女だったが……黒髪がみるみる変色していく。隣にいるファティを見る。ファティも驚いていた。何故ならその髪はまさにファティと同じ、銀髪だったからだ。そして、同時にその顔には醜いあざのようなものも浮かんでいた。

「ああ、ようやくもとに戻ってくれましたね。燕……いえ、クワイの初代王」

 なるほど。つまりこの女が銀王で、鵲は銀王の相棒だった教皇、最初の教皇。賢皇。

「どういうことなんですか?」

「彼女のここでの名前は燕。百舌鳥にはそう呼ばれていました。本来は初代王だったんです。ですが……彼女は百舌鳥に逆らいました。それに怒った百舌鳥は彼女の人格と記憶を奪い、しかも顔や髪を自分好みに仕立て上げたのです」

「顔……やっぱり初代王は天然痘の患者だったのか」

 天然痘に罹患すると、瘡ができる。それは治った後も消えないことがあるらしい。

「ええ。彼女はそんなところも魅力だというのに……わかっていませんね」

 ……これが痘痕も靨というやつか。しかし銀髪は疑問があったらしい。

「あの……この方が初代王ならあなたは……でも、あなたは男の人……何ですか?」

 銀髪が賢皇の名前を呼ばなかったのは消滅を避けるためだろう。クワイは基本的に女系国家だ。男が国政を担うことはありえない。

「私たちはこの場所では自らが本物だと思う姿になります。私の生物学的な性別は女でしたが、自分が女だと認識することは苦痛でした」

「あんた、性同一性しょ――――すまん、失言だった。それは個性であって障害じゃない」

「お気になさらずに。私が生きていた時代よりはだいぶましになりましたよ」

 つまり、生前賢皇は肩身が狭かったらしい。自らを女性ではないと心から思うことでここでは男性とも女性とも違う姿になったのだろう。

「えっと、もしかして、あなたは銀王さんの体を取り戻すために?」

「それも理由の一つですね。まあ、もう彼女の意識はどこにもありませんが、体がいいように扱われているのは気に入りませんでした」

 銀髪が尊いものを見るように賢皇を見ている。

 賢皇はゆっくりとうつろな瞳をした銀王の頬をなでる。しばらくそうした後、突然銀王の喉をかき切った。

 ふらりと銀王の体が傾ぎ、すぐに虚空に消えた。誰も止める間もない一瞬の出来事だった。


「な、何をしてるんですか!?」

 狼狽したのはファティだ。

「殺しました」

「なんでまた?」

 オレは比較的冷静に尋ねる。

「ん……そうですね。生前できなかったことをしてみたくなったからでしょうか」

 それこそ街頭アンケートにでも答えるくらいの気軽さだ。どう見てもまともじゃない。

「私、昔からそうなんですよ。この女は好きでしたが、同時にぐちゃぐちゃにしてやりたくもありました。それが叶ってすっきりしました」

 実に晴れやかな鵲。まあ気持ちはわからんでもない。が、銀髪はそうじゃないらしい。

「あなた、あの人の友人なんでしょう!? セイノス教の始祖なんでしょう!? なら、人に優しくあるべきじゃ――――」

「はあ? あんな宗教、耳長どもを殺すための方便に決まっているでしょう? その象徴として便利だからこの女を担ぎ上げました。全部、私を散々なぶった鬼畜どもを殺すための大嘘です。まあ、そんなことを繰り返しているうちに彼女のことも結構好きになってしまいましたけどね」

「――――」

 銀髪は絶望したように口をつぐんだ。嘘だという事実か、それとも鵲の壮絶な過去に対してかはわからなかった。

 耳長、つまりエルフはかつてクワイの民の先祖に対して相当ひどい仕打ちをしていたらしい。多分性的なものも含めて。それがこいつを歪めたのか、それとももともとなのか。

「馬鹿ですよね。神様なんかいるわけないのに」

 笑った。よりにもよってクワイ、セイノス教の始祖が、子孫たちのその努力をあざ笑った。それだけでクワイのすべては無価値だと証明できただろう。無論、そんなものはオレ自身がとっくに証明したけれど。

「性格悪いなあ」

「あなたに言われたくありません」

「いや、お前ほどじゃねえよ」

 銀髪がどっちもどっちといいたそうに眺めている。

 いや、絶対こいつの方が性格は悪い。

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