497 六人目の転生者

 暗い地下道を歩き、わずかながら上に向かう。大した距離ではないけれど、随分と疲れてしまう。

「あの……大丈夫ですか?」

 そんなオレの様子を見て銀髪が心配してくる。……こいつに心配されるのはなんだか複雑だ。

「一応な。そら、到着したぞ」

 扉を開けるとそこには石の球体が立ち並ぶ静謐な空間だった。ここにはたまに来るけど、いつも地下の静けさがさらに深まる気がする。

「何なんですかここは……?」

 銀髪の疑問は当然だ。いきなりこんなところに連れてこられて当惑しているのだろう。

「ここは墓だよ。あ、心配しなくてもオレたちのな」

 ここはお前の墓場だ、とか言い出せばどう考えても殺される。いや、今の銀髪ならあっさり受け入れそうな気もするけど。

「……? えっと、蟻のお墓なんですよね?」

 おっと、銀髪にはなんか色々通じてないっぽいぞ? まあいいか。

「そ。で、ここにはオレの子供とか、孫とかまあ色々いるんだけど……」

「あの、すみません。あなたは……男性なんですか? 話し方は男の人のようですけど……」

「……強いていうなら女王蟻という性別だな。ぶっちゃけ人間の性区分とは根本的に異なる。転生した当初は受け入れるのに苦労したぞ」

「その……ご苦労様です」

「そりゃどうも。続けると、ここにはオレの妹弟きょうだいもいる」

「……はい」

 銀髪はまだピンと来ていないらしい。

「まず、誰が転生したのか。バスに乗っていた全員だ。今までは五人だと思っていた」

「えっと、私、あなた、ウェングこと徳井さん、タストさんつまり藤本さん。そして田中紅葉さんこの世界ではティキーさん。五人ですね」

「いや、違う。六人だ。田中さんは妊娠してた。その胎児を含めて六人」

 銀髪が息を呑む気配を感じる。何故そう確信できるのか。

「まず何故数を数え間違ったのか。恐らく六人目の胎児は転生直後に死亡してしまったんだろう。転生者としてカウントされなかったのかな?」

「で、でも! それなら転生したのは六人になるはずじゃないですか!?」

「んー……それなんだけどな。多分、もともと転生するのは五人の予定だったんじゃないのか? そこで胎児というエラーが混じったことで五人転生したけれど転生者は四人という状況が発生してしまった。んで、オレが五人目の転生者になるはずだったけど、すでに全員の転生は完了したとみなされてしまっていた」

 これらが誰かの策謀なのかそれとも単なるミスなのか。それは今確認できない。

「そんな……じゃあ、もしかして……六人目の転生者は、紅葉さんの子供はどこ……まさか!?」

 ようやく気付いた銀髪を無視して指令を出す。ある墓を暴くためだ。

「オレは昔、よく子守唄が聞こえる夢を見た。いや、それどころかこの世界に初めて来てから聞いたのが子守唄だ。お前、何か心当たりはあるか?」

「確か……ウェングさんが紅葉さんは子守唄をお腹の中にいる子供に聞かせてた……そう言ってました」

「へえ……こりゃいよいよだな」

「でも、どうやって確かめるんですか?」

「オレたちは体内に宝石を持つのは知ってるよな?」

「はい。私たちは貴石と呼んでました」

「オッケー。で、その宝石だけどさ。転生者は特別なんだ。その宝石とは別にケイ素でできた特殊な鉱物がある。それがとにかく頑丈。だから、転生者かどうかは宝石を調べればわかる」

 働き蟻たちが丁寧に石の球体を剥がしていく。やがて干からびた死体が顔を出す。

 その死体をより丁寧に、細やかに解体し、額の宝石、アメシストを取り出す。その横に白い小さな板状のメモリーチップのような何かがあった。

 残っているかは五分五分だった。普通転生者のメモリーチップは死亡と同時に破壊される。一部の魔法でその自壊を防ぐことはできるけど、そんな処理はしてない。ただし、そもそも産まれることができなかったのなら、自壊機能も正確に働かない可能性はあった。

 もう疑いようもない。六人目の転生者はここにいた。

 オレが最初に会った転生者。地球でも、この世界でも産まれることさえできなかった命。でも、こいつがいたおかげでオレは精神的に持ち直すことができた。転生直後は相当弱ってたからね。オレ。

 いくら感謝しても足りないよ。

「起こして悪かったな。ゆっくり眠れ」

 銀髪は顔を背けていた。今更オレに表情を見られたくはないだろう。


 気になっていた謎は解けた。銀髪もオレに対する敵愾心は程よく霧散したところだろう。

「じゃあ銀髪。そろそろ本題に入ろうか」

「何か、私にしてほしいことがあるんですよね」

「そうそう。お前にはオレを殺してほしい」




「こ……ろ……す……? どうして……?」

「転生の条件は、転生者に殺されること。聞いてないか?」

「転生者にって……じゃあ、私が今までこ、殺した……人たちは?」

「転生してるはずだ」

 こいつの殺された魔物はたいてい転生した直後に死亡するように管理局が仕組んでるみたいだけど、それは言う必要がないだろう。

「そうなんですか? でも、なぜあなたが転生しようとするんですか?」

「どうもオレはもう長くないみたいだ。お前も気付いてるだろう?」

 銀髪は伏し目がちに俯いた。

 オレの体はもうボロボロだ。原因ははっきりわからない。食い物がよくなかったのか、不摂生か、はたまた管理局の策謀か。

 いずれにせよもう歩くのも億劫な老人のようになってしまっている。同年代の女王蟻がもっと元気なことを考えると、自然要因ではない。

「それはまあ……随分辛そうだと……だから転生するんですか?」

 転生者がコピー云々は後で伝える。が、事前知識は必要だな。

「もう気付いてるだろうけど、オレたちが苦労した原因の大半は転生管理局、まあ神を名乗る粗忽者どものせいだ。この世界には本当の意味での神なんかいやしない。あんな偽物の欲の皮が突っ張っているせいでオレたちは殺し合う羽目になった。だからそいつらにやり返す。転生はそのついでだ」

 転生すればオレという個体は消滅する。オレの意識を持った別人がどこかに産まれる。そいつなら嫌がらせをしてきた監理局に反撃してくれるはずだ。百舌鳥の名前を言い当てて、奴を破滅に追い込める。

「お前はどうだ? こんな世界に転生させられて、殺し合って泣き寝入りのままただ黙って死んでいく。そんな人生で満足か?」

 さんざん口八丁で自分の都合よく他人を動かしてきたオレの最後の仕事が銀髪をたぶらかすこととはな。いやはや人生は面白い。

 視線を様々場所にさまよわせ、今までの人生を反芻しているかのようだ。やがて。

「わかりました。……あなたに協力します」

「ありがとう。具体的な方法は今から説明する」

 つらつらと管理局に反撃するための計画を説明し始める。


 ひとしきり説明を終えたオレは千尋と最期の会話を始めた。

「お前にはあんまり説明してないけど、これからオレは殺される」

「うん」

「というわけで後は頼む。まあお前の役目は基本後継者の護衛だけどな」

「うん。長かったね」

「そうだなあ」

 結局千尋が一番長い付き合いになった。銀髪を倒した時にも同じようなことは考えたけど、今回は完全に永遠の別れだ。

「どういう計画なのかは知らないけど、きっとうまくいくよ」

 千尋はオレのきゅっと手を握り、二人の手に糸が巻き付いた。どんな意味かわからないけど、きっと親愛を現しているのだろう。

「そっか。ありがとうな」

 そのありがとうは銀髪に対しての言葉よりもはるかに重い気がした。

 今更言葉を重ねる必要もないだろう。

 まだ沈んだ顔をしている銀髪のもとへ向かっていく。


「んじゃ、よろしく頼む」

「……はい」

 さんざん味方を……小春、風子、戦士長。翼……は厳密には違うけど……そいつらを切り裂いてきた銀の刃が現れる。

 ああでも、やっぱり怖いな。死ぬのは嫌だな。あいつらも、こんな気持ちだったのかな。

 それでも何も言わない。しばらく見つめていた銀髪は刃を振り下ろした。

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