496 目覚めし人

 ガラスの結晶の中に存在する銀色に輝く宝石。氷の彫像の中に閉じ込められた秘宝。見た目だけならそんなロマンチックなキャッチコピーが通じそうだった。

 だが実際にはその宝石はかつてとある生命体の体内に存在し、またこれが存在する限りその生命体は死なない可能性があるというえげつない代物だった。

 当然地下深くに厳重に封印し、場所どころか存在自体を知っているエミシの民さえほとんどいない。

 そんな場所にオレ自ら足を踏み入れた理由は単純だ。銀髪を復活させるためだ。




 ガラスを慎重に分解し、宝石を取り出す。もちろんオレじゃなくて部下がやってるわけだけど。

 とにもかくにも宝石を取り出すことに成功し、水、アンモニア、炭素、などなどの生命体の材料を注いだバケツに放り込む。子供の小遣いでも買える物質の塊のはずだ。

 すると内部でうごうごと何かが作られる気配がする。

「あの状態からでも再生するのか。マジでバケモンだな銀髪」

 B級ホラー映画辺りに出てきそうなぐちゃぐちゃと肉が蠢く音が続き、やがて人型になった。


「ハロー、銀髪」

「……」

 肉体を得て再び蘇った銀髪に対して声をかけつつ、衣服を放り投げる。流石に服まで再生できなかったらしい。

 もぞもぞと服を着る。

「……あなたが、蟻の魔物……?」

 テレパシーで会話することはあったけど、こうして直接会うのは初めてだ。だからなのか、まずオレの正体が気になったらしい。

「そうだよ。そんでもってお前と同じ転生者」

「……」

 そう聞いても銀髪は寝ぼけまなこのまま、ぼんやりと地面を眺めるだけだった。

「あれから、どれくらいたったんですか?」

「お前を閉じ込めてから数年だな」

 色々あったけど、それをいちいち説明していたら日が暮れる。そして、もう時間がない。

「クワイはどうなりましたか?」

「滅んだ。生き残りはいるけどな」

 じっくりと様子を観察する。激昂して襲い掛かってくる可能性もあった。

「そうですか」

 予想よりも穏やかな……いや、無気力な反応だった。

「ショックじゃないのか?」

「あまり……正直どうでもいいと思っている自分がいます。それが、ショックといえばそうでしょうか」

 あれだけ手ひどく裏切られればな。どうでもよくなるか。

「あの……ミーユイやチャンドさん、アグルさんはどうなりましたか?」

「……ん――――、知らない方がいいと思うぞ」

「……そうですか」

 ここはもうちょっと食いつくかと思っていたけど、こいつの無気力さは相当深刻なようだ。

「まあいい。今日はお前に頼み――――げほ、げほ」

『ねえねえ、大丈夫~?』

「ん、ああ、大丈夫だ千尋」

 思わずせき込み、倒れそうになったオレを千尋が糸で支える。最近は立っているのも難しくなってしまった。

 そんなオレたちを銀髪は不思議そうに眺めていた。

「ちひろ……?」

「ああ、こいつの名前」

 隣にいる蜘蛛を指さす。二人の目が合う。すぐに視線を逸らした。

「名前があるんですか?」

「うん。なかったら不便だったから」

「知りませんでした。……私が殺した魔物にも、名前があったんですか?」

 ちなみに千尋のテレパシーは銀髪には翻訳してない。したら千尋がキレそうだし。こいつものすごい銀髪を目の敵にしてるからな。当然といえば当然だけど。

「ある奴もいるし、ない奴もいる。名前という文化がない魔物もけっこういたからな」

「私……本当に何も知らずにいたんですね……それなのに、魔物を救うだなんて……滑稽ですね」

 自虐的な言葉と笑み。ぶっちゃけその通りなのでフォローのしようがない。タストやアグルからも聞いたけどどうやらこいつは本気で魔物を救うつもりでいたらしい。もちろんセイノス教的な意味ではなく、地球人らしい感覚で。

「あの……千尋さんとあなたはその……」

「何だよ」

「恋人……何ですか?」

「はあ?」

 全く予想もしていなかった質問だった。どこをどう見ればそう見えるのだろうか。……見えなくもないか? 少なくとも千尋に支えられてるわけだし。だがまあ、そんな関係ではない。

 というかそもそも蜘蛛に恋人がいるはずもないのだ。

「一応言っておくけどな。オレと蜘蛛には子供ができないぞ」

「……そうですよね。すみません、変なことを聞いて」

「というかそもそも蜘蛛には夫婦という概念がない」

「? どういうことです?」

「蜘蛛は交尾した相手を食う。だから、夫婦イコール片方は死者だ」

「な……」

 銀髪は絶句している。よく考えればわかりそうなもんだが。

「蜘蛛とかカマキリにはそういう性質があるって知らないのか?」

「聞いたことはあります。……でもあなたと千尋さんは仲がよさそうですし、千尋さんはそんなことをするような蜘蛛には見えません……」

「そう言われてもな。これは本能的なものだしな。んー……お前さあ、魔物を地球人の価値観で判断してないか?」

「どういう意味ですか?」

 どうやら、そんなことさえも知らなかったらしい。箱入りにも程があるぞ。

「日本人なら一夫一妻で仲よく過ごすのが世間一般の良いことだろ? でも、世界中なら重婚できる国もあるし、日本だって一昔前ならそうじゃなかった」

「そうですけど……」

「なら、生物が違えば夫婦のあり方なんて根本的に違う。当たり前じゃないか?」

「……」

 クワイという国家では多夫多妻制だった。銀髪はそれを思い出しているのか納得できるかどうかわからない、葛藤を思わせる表情だった。

「お前さあ。もうちょっと生物が違うってことを柔軟に受け入れるべきじゃないのか? だからお前は裏切られたんじゃない?」

「え? いやでも、私は人間――――」

「ちがうよ。お前は人間じゃない。ああ、再生能力のことじゃねえぞ。種族として人間じゃないんだ。具体的に言うと遺伝子検査なんかをすれば確実に人間ではないと判定されるくらいに」

 タストと同じような衝撃を受けた表情をする。

「私も……みんなも、クワイの人たちは、人間じゃない……?」

「イエス」

「だから、地球の常識が通じない……?」

「その認識でいいんじゃない?」

 価値観は育ちが出るけれど、生まれ持った性質の差は必ず存在する。誰が否定しようとも。

 銀髪はセイノス教の狂気ともとれる信仰を思い出しているのだろう。

「……なら、私は誰に家族を求めればよかったんでしょうか……?」

 そんなことオレたちに言われても困るんだが……アドバイスはするべきか? 

「うーん、ひとまずセイノス教を完全にぶっ潰せばよかったんじゃない? 要するに革命な。んで、お前の考えに従うやつだけを集めて他は全部皆殺し」

「そんなことできるはずないじゃないですか!」

「少なくとも実力的には可能だぞ? さらに言えばセイノス教は他の魔物に対してそれを実行しようとしていた」

「……」

 痛い所をつかれた銀髪はまた黙った。

 実際セイノス教の教義って従わない奴、自分とは考えの違うやつを皆殺しするってことだがからな。で、その尖兵になっていたのは銀髪自身だ。

「あなたには……家族との思い出や、大事な人はいないんですか? 前世でも、ここでも……」

「家族はいない。いやまあ、生きているけどあんな奴をオレは家族と認めないし、いらない。あ、これは前世の話だな。今はまあ、役に立つ奴は好きだよ。それにさあ、あんまり家族だの友人だの……言葉をこねくり回して他人との関係を明確にするのってあんまり好きじゃないんだ。戸籍とかそういう記録はともかく、記憶や心情には必要じゃないだろ」

 ちょっと感傷的だけど、言葉を重ねて糊塗するほど薄っぺらくなる気がする。

「じゃあ、千尋さんは……?」

「友達でいいんじゃない?」

 そう言うと銀髪はふっと、奇妙な笑みを浮かべた。

「どした?」

「いえ、私、友達もほとんどいなかったなって」

「お、おおう。なんかすまん。多分オレ、お前よりは友達多いと思う」

 今までで一番きっつい自虐かもしれない。というか、その友達がアグルや美月、久斗ならそもそも存在すらしないのだが……黙っておこう。

「あなたは……前世の記憶はちゃんとあるんですよね」

「ん、あるぞ」

「じゃあ、やっぱり違うんですかね……?」

「何が?」

「私と同じ転生者の紅葉さん……知ってますか?」

「後の調査で知った」

 厳密にはタストの書いた本の中で知ったのだ。美月と久斗が殺した奴が転生者だったとは知らなかった。というかウェングも転生者だとは知らなかった。知ってたら一応生かしておいたんだけどな。

「あの人には子供がいたんです。まだお腹の中でしたけど……もしかしたら、その子が貴方かもしれないと、そう思ったんです」

 それは初めて聞いたな。タストは知らなかったのか? 妊娠中の胎児が転生できるのかはわからない。例えば法律における胎児の人権などは様々な議論があるのだ。

「オレは少なくとも記憶はあるよ。その胎児の心当たりはない――――」

 言葉を区切る。

 本当にそうか? 疑問はある。タストは四人しか転生していないと言っていた。だが本当は五人いた。仮にその胎児が転生していたら、オレを含めて六人目だ。減るどころか増えている。

 では逆に、その胎児が転生者の数を減らすトリックになっていたら? 転生者は見るだけでは気付けない。つまり、その胎児に知らずに出会っている可能性はないか?

「――――あ」

「どうかしましたか?」

「あ――――……わかったかもしれない」

「え?」

「その胎児。というか、なぜオレが蟻に転生して、人数をごまかした仕組み」

「どういうことですか? 確か、タストさんが転生者は四人だって……」

「ん、んん。確信はないからな。ひとまず見に行ってみるか。遠くはない」

 そうして、千尋に支えられながら暗い道を歩き出した。銀髪も後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る