495 プロウシザーズ
「戦勝おめでとうございますな」
アンティ同盟の神官長ティウは開口一番祝辞を述べた。
「いやいや。クワイが滅亡しただけだよ」
「おやおや。ではまだ戦いは終わっていないのですかな?」
「もちろん。アベルの民の本国はまだ陥落してない。あの様子ならこっちへの侵略を諦めたとも思えない」
色々調べたけど、アベルの民との戦いで地上部隊として到着していた敵はどうやら西からこちらに徒歩でやってきた敵らしい。敵は徐々にこちらへの侵攻ルートを地固めしている。
「それはそれは。では、戦力が必要ですかな?」
「ああそうだな。もしも西に移り住み、場合によっては兵隊として活躍してくれる奴がいてくれると助かる」
「では、いくつかの種族に声をかけておきましょう。我々も
新天地を求めつつ、防人として活躍する。アンティ同盟の役割としては申し分ないだろう。アンティ同盟の魔法は意外なところで役に立つからまだ協力してもらうさ。
「それと……ケーロイのことは済まなかったな」
多分、あいつの一世一代の名演技がなければあんなにスパッとアベルの民を倒せなかっただろう。
「いいえ。お気になさらずに。あれはもともと開拓者精神にあふれていましたから。族長という地位にあったのも、むしろ奴を留めておくためだったとか。新天地を目指して飛んだのならば、むしろ本望でしょう」
「そうか。ま、後悔してないならいいか」
あいつの弟をオレが殺してしまったけど、それもまあ自由を求める心に従った結果と解釈していたのだろうか。
不意に、爽やかな風が駆け抜けた気がした。
今回の戦いで完全に不参戦だったイドナイにも少し話を通しておく。
「ほお! スーサン、西の果ての北方によい漁場があると?」
「そ。もしも手が空いているならそこを開拓しないか?」
「なるほど! つまり我々を見張り役にしたいのだな!」
あっさりばれた。まあ別に構わない。
「そ。北方からアベルの民が侵入してきたら教えてほしい。敵の侵攻に速攻で対応できる現地人が欲しい」
「戦えとは言わんのか?」
「そこまではな。奴らが本気で侵略してきたら逃げてくれて構わない」
オーガの戦闘力は低くないが、アベルの民相手では分が悪い。
「ははは! うむ! やってみよう! 移動の足は手配してくれるのか? あの、空を飛べる奴に子供が乗ってみたいと言い出しておるのだがな!」
「……善処するよ」
オーガはやっぱり子供に甘いらしい。
健やかに育ってくれればいいがな。
「うははは! どないでっか紫水はん!」
「よく似合ってるよ」
苦笑しつつ眉狸のオルーシの恰好を褒める。どうやらクワイの各都市からぶんどってきた衣服をつぎはぎしてオルーシの巨体に強引に仕立て直したらしい。
趣味はあんまりよくないけど喜んでいるし、なにより妙な迫力がある。
「いやはやほんまに太っ腹やな。こんなもんまで略奪してええやなんて」
「正直興味を持ってるやつがあんまりいないからなあ。ああでも、もしも本があれば言ってくれ。こっちで保管する」
「ええで。文字、いうやつやったっけ。読まれへんからなあ。持っててもしゃあないわ」
クワイ、正確にはセイノス教関連の物品は一つ残らず残さない。この世界に一神教は不要だ。歴史書や娯楽小説なんかは保管しつつ、面白ければ広めてもいい。
どこぞの皇帝とやってることが一緒だけど、オレも後世に非道な暴君として名を刻まれたりするのかね。
「都市部を漁り終えたら次はどうする?」
「とりあえず住みやすい街を見っけてそこでしばらく暮らすわ」
狸のこういう対応力はクワイの建造物、道具などを有効活用するのに役立つだろう。……現金なところも含めて。
さて、西に脅威があるのだから、西にも拠点を作らなければならない。そうなると輸送、移動のルートを確保しなければならない。残念ながら未だに内燃機関の発明に至ってないので輸送はもっぱら人力(魔物だけど)で行わなければならない。
その辺りを担当することになったのが豚羊の茜だった。
「皆さんに頑張ってお乳なんかも届けちゃいます!」
だ、そうだ。実際そこら辺の草を食べるだけで生きていける豚羊はむしろ平和な時代でこそ役立つかもしれない。
スカラベともどもしばらくは陸運の要を担ってくれるだろう。
ただし、流通の革命をおこそうと目論んでいる奴もいる。
「ええ、紫水の考案なさったこの鉄道、という仕組みは実に興味をそそられます」
最近どんどん変態っぷりに磨きがかかっている樹里。ちょこっと路線や鉄道について話すとすぐに食いついた。
「いや、動力はどうすんだ?」
「スカラベの皆様に協力してもらいましょう。数十人で協力する形態ならばむしろ虫車よりも効率が良いのでは?」
「あ――……確かに」
こういう柔軟な発想ができるあたりやっぱり研究者気質だなあ。そのうちオレには思いつかないことも思いつくだろう。
樹里や茜のようにむしろ平和な時代でこそ輝く人種はいい。だが、どうしても武力に偏ってしまう魔物には少し厳しい時代かもしれない。もちろんアベルの民という脅威はいるのだけど、いつ来るのかわからないのでひとまずは国力の増強、つまりは工業や農業の発展が優先される。つまり軍縮の波が押し寄せている。
人間なら職業を変えればいいけど、魔物は種族によって得手不得手の差が激しい。だからこそ、平時においてもきちんと武力を維持、ある別の働き口を探すために奮闘している奴らもいた。
ラプトルの将軍、空だ。
「西域への偵察兼狩猟。さらにカッコウと共同して地図の作成か。必要なことではあるかな」
「はい。いささか時期尚早ですが、冬が到来する前に一度はやっておくべきかと」
「リャキや鷲たちも協力してくれそうなのか?」
「はい。ドードーを率いる羽織も乗り気です」
……正直ドードーを鉱山のカナリヤのように扱いそうな気がするけど……まあいっか!
「コッコー。最短の経路を現在調査中です」
「仕事が早いな和香。けど最終的にはそっちにも道路なり工場なりを建設しなきゃならなくなるかもしれないからな。その辺りも考慮しておいてくれ」
ぶっちゃけアベルの民の国には侵攻するつもり満々だ。奴らを甘く見るつもりはない。下手に放っておくと地球の科学技術よりもとんでもない兵器を作られかねない。準備が整い次第逆にこっちから攻撃するつもりだ。先に喧嘩を売ってきたのは向こうだから一々大義名分も必要ない。
「承知。建設に関しては部下が測量を行う予定」
「おおう。七海も一枚かんでたのか」
「空に要請された」
ほんと、翼は良い奴を後継者に選んだな。こういう人事方面まで気配りできる奴こそ今のオレたちに必要な将軍だとわかっていたのだろう。
「よし。西方の調査は任せるぞ」
下の奴らが頑張っているのはありがたい。でも、軍事と民事のバランス。それをきっちり定めるのもオレの仕事だ。
琴音率いるアリツカマーゲイ一行は……消えた。ふっつりといなくなった。
どこに行ったのか誰にもわからない。まああいつらのことだ。どこかで楽しくやっていて、そのうち姿を現すこともあるかもしれない。
数日前とは打って変わって晴れやかな空の下で摩耶とエシャは風がそよぐ草原を眺めていた。
「何黄昏てるんだよ。まだ明るいぞ」
「ヴェーヴェ。これで戦いも終わりかと思うと少々わびしくなりまして」
「そうは言ってもお前はここに残るんだろ?」
「ヴェ」
摩耶はここでアベルの民との戦いに備える役割に従事するらしい。
「紫水様」
「エシャ? どうした?」
随分と神妙な表情をしていた。
「美月と久斗についてですが……何かわかりましたか?」
「……すまん。オレも何が何だかわからん」
美月と久斗はヒトモドキを扇動するために自害した。もともとはサリにやらせる予定だったし、奴が拒めばまた別の方法を用いるように指示は出していた。だが、あの二人は何も言い残すことなく死んだ。何があったのかはオレにもわからない。
それを調べるのは義務でもあり、願望でもある。
「……そうですか」
寂しそうにつぶやく。あいつとは知らない仲じゃなかったからな。このままリザードマンの国に帰るのは忸怩たる思いだろう。
「ただな。事情を知ってるかどうかはわかんないけど、話を聞いてみたい奴がいる。もしも何かわかったらお前にも連絡する」
「……感謝いたします」
エシャ、というかリザードマンはやはりこの辺りの気候には肌が合わないらしく、ここには残らない。国に帰ってまた何か新しいことを始めるのかもしれない。
オレとしてもそうであればよいと思っている。
スーサンの要塞の一室。そこに意識を向け……る前にくどくどと小言を伴った連絡が来る。
「いいですか? ワタクシどもがあれを助けなければならない理由はどこにもないのですよ? であるのにあんなものを付きっ切りで看病するなど……」
「悪いな瑞江。でもまあ、危険があるわけじゃないからいいだろ?」
まだ不満がありそうな瑞江は一旦横にのけて、海老の献身的な看護によってかろうじて命を繋いだ重病人は先刻意識を取り戻したらしい。海老の魔法で血液を上手く操作し、人工心肺のような働きをしたらしい。
「妾が見つけた時にはもう駄目かと思ったのだがな。存外にしぶとかったぞ」
千尋が半死半生のそいつ――――タストを見つけたのは偶然だった。銀髪を殺すために発動した爆発に巻き込まれたらしい。素早く糸で止血し、安定して運べる蜘蛛だからこそ生きながらえたとみるべきだろう。
「助かったよ。あいつのはもっと聞きたいことがある」
そうして部屋の扉を開ける。布団に横たわった人影があった。
だがそれは抜け殻のような……人形でさえもっと生気を宿しているとさえ感じる人型の物体だった。
「よ、元気か?」
あえて無視するような言葉をかける。タストは天井から視線を動かさず、やはり人形のように返事する。
「まあね。随分元気だよ」
皮肉が言えるくらいには元気らしい。
「そうか。唐突だけどお前、本を書く気はないか?」
「は……? 本……?」
疑問はむしろタストがまだ生きていることの証だろう。
「そ。お前らが転生してから何があったのか。オレが知らないお前たちや銀髪の事情を知りたいんだ」
「それは……君が楽しむためかい?」
「まあね。後はまあ、お前らの醜態を見て悦に浸りたい性悪がいるかもしれないと思ってな」
「……性格が悪いね」
苦笑しながらそれだけ返すのが精一杯らしい。
「で、どうだ? やる気はあるか?」
「……ない。でもやりたいことが思いつかない。それなら、何かしていた方が少しくらい落ち着くかもしれない」
「そうか。ま、ひとまず体が回復してからだな」
「……そうさせてもらう」
そう言ってタストは眼を閉じた。オレも意識をそこから離す直前。どうしてこうなったんだろう。どうして生き残ってしまったんだろう。そう聞こえた。
タストから話を聞きたい理由はいくつかある。美月と久斗が何故自害したのか。その真相の手がかりがないか。単純な興味。そして、銀髪視点から見れば、あの管理局に対抗する何かが見つからないかという期待。
管理局は今のところ手を出してくる様子がない。だが、オレも奴らをこのままにしておいていいとは思わない。この世界でのオレの人生をめちゃくちゃにした連中に仕返しがしたいと願っている。名前を言い当てれば倒せるという情報はある。しかし……さて、てがかりあるのかどうか。
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