493 イスカリオテ
ひらりと舞い降りた千尋が自害した銀髪から素早く体内の宝石を抜き取り、瓶に詰める。銀色に輝く宝石にこびりついた肉塊が気色悪く蠢いていたが、しばらくするとそれも収まった。
「死んだのか?」
千尋がやはり得体の知れない肉塊を慎重に観察している。
「どうだろうな。また放置すると再生するかもしれない」
サリの証言などから銀髪の再生能力は周囲の物質から自身の肉体を再構成するタイプだと推測していた。おそらく周りにタンパク質があれば超速で再生し、空気や炭素などからも再生できるかもしれない。
だがガラスの瓶なら生物を構成する原子はほとんどないし、反応性も低い。復活する可能性は低い。……はずだ。
銀髪ならどんな不可能でも可能にしそうで怖い。
「ひとまずは決着か。ようやくだな」
千尋は長い溜息をついた。ほっとしているのか、燃え尽き症候群一歩手前なのか……まあオレも似たような気持ではあるかもしれない。
しかしまあ予想外だ。最終的に勝因になったのが愛や絆の力とはね。まあ偽りの、という枕詞がひつようだけど。銀髪があの三人を何とも思っていなかったら銀髪に勝利する方法すらなかった。
「ヴェ。王、千尋。大願成就、おめでとうございます」
「同じく。そして同時に心より感謝を」
摩耶とエシャはオレたちよりも晴れやかな顔をしている気がする。復讐心はこの二人が誰よりも強かったはずだが……。
「意外にすっきりしてるな」
「ヴェ。自分で討ち果たしたい気持ちはありましたが……やはりお二人が決着をつけるべきだと、そう感じていたようです」
「我々よりも紫水様や千尋様の方がはるかに奴に被害を受けていますから」
ふうん。他人に仇をとってもらった方が意外と納得できるのかもな。他人に下駄を預けるというか……。
「ま、これで銀髪は終了だ次は……教皇とクワイの一般国民か」
「それは明日でよかろう」
「だな。今日はちょっと疲れた……あ、その前にちゃんと三人とも手当しておくか。吊り下げられるって体力消耗するだろうし」
明日でクワイも完全消滅だ。ここまで長かったな。
そして一日。
スーサンから落ち延びた民と名乗ったエミシの尖兵は教皇を丁重にもてなし、とある岩をくりぬいたような住居に案内した。
最初こそ粗末な住居に不満そうな顔をしていた教皇の一行だったが、内装にはスーサンからかろうじて持ち運んだ貴重な調度品や、重要な宗教的物品の数々を見せられれば感動の涙も湧き出るのだった。
「クワイの一大事においてあなた方は信仰を示しました。必ずやその心に報います」
「寛大な御言葉、感謝いたします」
実際にはその物品はエミシによって作られた贋作である。何故そんなことをしたかと言うと、自分たちの工業、文化などのレベルを確かめたかったこと。そして単純に教皇に対する皮肉だ。お前たちは偽物を見抜くことさえできなかったのだと、そう示したいのだ。
「しかしここは少し薄暗いな」
洞窟の中で灯りは松明や採光窓くらいしかない。眼が慣れてもなかなか思うように動けなかった。
「申し訳ありません教皇猊下。何分穢れた魔物に見つかるわけにはいかず、こうなってしまった次第です」
「まあよい。生き延びた王族の方々と私でクワイを再建するのだ。住居に不満を述べても仕方があるまい」
「はい。では、何かありましたらご用命くださいませ。我々が民らに伝えます」
「うむ」
そう言い残してエミシの尖兵は扉を閉めた。
後には教皇の側近、そして何とか生き残っていた王族の一部がいるのみだった。
遺された人々は洞窟内を探索する。そこには一通り生活に不自由しないだけの物資があった。ただ、ところどころに不思議な壁があることが気にかかった。
「教皇様。これはいったい?」
「ふむ? ただの壁ではないようだが……まあよい。そのうち聞けばよかろう」
教皇は気付かない。気付くことができない。その壁の向こうでは、彼女らの言う穢れた魔物が群れ成して彼女らを覗いていたことに。
「いやあ馬鹿面をさらしてるな」
教皇が暮らしている洞窟には各所にマジックミラーが仕掛けられている。それ超しに中を見れば中から気付かれずにヒトモドキを観察できる。
こんなことをした理由は……八割がた嫌がらせ。残りは……とにかくヒトモドキが家畜同然であることを示してもはや恐れるに足らない存在だと誰にとってもわかりやすく示す。
そうすることでヒトモドキに対する憎しみを同情心に変換する。この辺はこいつの発案だった。
「お前もそう思わないか? アグル」
「は。奴らは旧来の伝統を保持することしかできぬ愚か者です。あの様子では監禁されていると気づくのはしばらく後になるでしょう」
今回の戦いでオレが自信満々だった理由。それはアグルがすでに裏切っていたことだ。
美月や久斗の活動支援、情報の取得、銀髪の性格……その他もろもろは全てこいつの仕業だ。もちろんこいつが二重に裏切っていないという裏付けをとるためにあの二人が必要だったのも事実だけど。
結局のところ銀髪は誰からも信用されていなかったのだろう。奴が信じていた誰かは全てあいつを裏切っていた。まあ、あいつ自身がそれに気づいていないことはむしろ救いだろう。
「アグル。これでクワイの上層部は完全に滅びる。お前を除いてな」
「承知しております。私の刑は執行猶予を頂いただけにすぎません。これより十年後、私は処分される。それまでに私は己の責務を果たします」
「平等な世の中、だったか」
「はい。それこそが我が望み。我が兄の望み。教皇や銀髪ごときでは到底たどり着けぬ宿願。エミシの共産主義ならばそれが叶います」
いや、別にオレはそんなつもりで共産主義国家を作ったわけじゃないんだが……まあいいか。この世界には共産主義があってるのかもしれない。アグルはセイノス教徒としてはかなり異端だ。神や救いよりも自らの主義を信じぬくと決めたのだろう。
「これからの予定は聞いているのか」
「は。クワイという国家、セイノス教は完全に消失させます。そしてそれらを一切知らぬ幼子のみを養育します」
「よろしい。悔いはないか?」
「強いて言うのならば、もう少し早くこうするべきだったことでしょう。話の分からない子供や、理想ばかりを振りかざす、わからずやを相手にする必要はありませんでしたから」
……あの銀髪、どんだけ嫌われてんだよ。何というか、あいつのことをよく知っていて、あいつが好いている奴ほどあいつを嫌ってないか……? 空しいなあ。
「差し支えなければ教えていただけませんか?」
「ん? 何を?」
「いかにして不要になったクワイの民を処分するつもりですか?」
まるで自分の同胞をごみのように扱う男だな。そうでもなければ裏切りなんかしないか。
「最も人道的で奴らにとって幸福な方法だ。つまり、救いとやらが来たと錯覚させる」
「そして自害させる。なるほど幸福なまま死ねるですね。実に温情ある処置です」
……まあオレだって別にヒトモドキを苦しめたいわけじゃないからな。奴らが徹底的に騙されていると広く知らしめることで、ヒトモドキがエミシの一員として活動できるようにという配慮でもある。
どっかの国みたいに戦争の禍根を何十年も引きずるような真似は避けたいのだ。
「美月と久斗なら、その辺はうまくやってくれるはずだ」
「あの二人ですか。あの二人が部下か上司にいれば、そう思ってしまいます」
「おう。うらやましがれ。オレの自慢の部下だ」
冗談抜きであいつら今回のMVPだからな。ヒトモドキがいなくなったとしても十分に存在価値はある。まだまだ働いてもらわないと。
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