492 悪の花道
ファティは崩れていない城壁に敷設された大砲を破壊すると、途方に暮れた。命がけで乗り込んできたのは良いものの、何ひとつとして命の危機を感じていない。というよりも自分自身でどうやって自分を倒せばいいのかわからないのだ。
奇妙な状況になってしまった。自分なら誰と戦っても負けない。だが、どうすれば戦いに勝てるのかまるでわからない。どれだけ勝てば自分の望む未来に繋がるのかまるでわからない。自分自身で何も考えてこなかった罰なのだろうか。
ふと下を見ると、砂漠トカゲと
二匹はファティと目が合ったことを悟ると大きな建物の中に入っていった。なんとなく、招かれている気がした。
「……行ってみるべきなのかな」
もしもここで、敵の王を倒せば、戦いが終わるのだろうか。戦争はそんな単純ではないと理解しているがそれ以外に方法は思いつかない。
先ほど上った階段を下る。
辺り一面血の海だった。この城壁には赤色が染みついて何年も消えないだろう。……それでも今まで自分が切り裂いてきた敵の百分の一にも満たないかもしれないが。
二匹の魔物が入った建物に足を踏み入れるとそこには何もなかった。ただ伽藍とした体育館くらいの空間にポツンと砂漠トカゲとカンガルーが並んでいた。そのさらに後方には数匹の蟻がいた。
この建物が決闘場のように感じたのは間違いではないだろう。二匹は遠目から見ても敵意に満ち溢れていた。
「ヴェヴェ!」
「シャアッ!」
二匹は叫びと同時に何かのポーズをとると自分に向かって駆けだした。明確な攻撃のための接近。
だがファティはむしろ困惑した。たった二匹で何ができるというのか。むしろ周囲を警戒する。二匹を囮として別の方角から攻撃を仕掛けてくるのではないかと予想した。
その様子を自分たちに対する侮りだと判断したのか、二匹はさらに勢いを増して走り、攻撃を繰り出した。砂漠トカゲは石槍。カンガルーは飛び蹴り。
防御する必要さえない。ファティに迫る攻撃は薄皮一枚のところで銀の壁に遮られた。彼女の意思さえなくとも自動で防御する魔法の鎧だ。
たかが魔物の攻撃などで突破できるはずもない。
だが二匹は気にせずに苛烈な攻撃を加え続ける。
その目が、その声が語っている。
お前が憎い。お前がいなければいい。お前なんか死んでしまえ。
……残念なことに、身に覚えがありすぎる。だからこそ、攻撃できないでいた。そして……頭の中に声が響いた。
『どうした? 攻撃しないのか?』
エシャと摩耶の攻撃に戸惑う銀髪にテレパシーを届ける。
やや驚いた様子だったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「あなた、誰ですか?」
「こいつらの上司かな」
多分この自己紹介が一番手っ取り早い。
「上司って……もしそうならこんなことやめさせてください」
「こんなこと? どんなことだ?」
「この砂漠トカゲと、カンガルーに攻撃させることです」
会話中にも二人は全く通じない攻撃をやめるどころかますます激しさを増していく。無論銀髪の防御に傷一つつけられないが、だからこそ余計に憎しみを募らせているようだ。
「一つ訂正しておくけど、オレは命令してない。そいつらは自分から志願してそうしてるぞ?」
「それは……どうして?」
理由なんて薄々気付いているだろうにわざわざ聞き返すのか。聞かれちゃったならしょうがない。ちゃんと答えましょうか。
「まずは摩耶。そのカンガルーのことだ。そいつはお前に一族郎党皆殺しにされたところをオレが拾った」
銀髪はまじまじと、恐怖の入り混じった視線で摩耶を見ている。
「次にエシャ。そいつはお前に屈辱を受けた。というかこいつ、お前に一度会ってるぞ? 覚えがないか?」
「え……? もしかしてあの時の……?」
おや、覚えているらしい。
「リザードン……砂漠トカゲには死出の水っていう文化があってな。死にそうな相手に水を渡してから介錯する。お前、こいつに水を渡したらしいな?」
「違います! あれは、ただ、苦しんでいたから水を飲んでほしくて……」
「お前がどう思ってるかなんてどうでもいいんだよ! 大事なのはお前の行動をエシャがどう受け取るか! 違うか!?」
よくある話だ。善意の行動が他者を傷つけるなどと。オレは大嫌いだがな。効率が悪すぎるから。
「でも……そんな……」
「言い訳するなよ。事情はどうあれこいつらは何が何でもお前を殺したいんだよ。さあ、どうする?」
これでおとなしく縛につくなら話は早い。
「でも……それでも……私は……」
やれやれ。往生際が悪い。それじゃあしょうがない。切り札を出すとしよう。
(千尋。出番だ)
テレパシーで指示を出すと、建物の天井が開き、蜘蛛糸で縛られた三人のヒトモドキが吊り下げられながら降りてきた。
「嘘……アグルさん、チャンドさん、ミーユイ……?」
三人はぐったりとして身動き一つしない。ファティからは気絶しているように見えただろう。
「どうしてここに……?」
「お前はもう教皇がお前を裏切ったのは気付いてるよな? まあそういうことだ」
「まさか……三人とも売られたんですか!?」
明らかに語勢が強くなる。教皇に怒りを感じてるのだろうか。理不尽な話だ。そもそも先に裏切ったのはこいつなのだ。自分は救世主の再来でもなければ銀の聖女でもないのだ。
なぜなら、転生者なのだから。セイノス教にとって転生とはありえない概念なのだから。
あえて何も説明せず、せせら笑うように黙る。
その沈黙をどうとったのか、銀髪は上を見据えると――――。
「おっと。妙な真似はやめとけよ? そいつらには爆弾を仕掛けてある。いつでも殺せる。いくらなんでもそこから三人同時に助け出すのは無理だと思うぞ?」
「……!」
ぎりっと奥歯を噛みしめたようだ。いつの間にか摩耶とエシャは攻撃をやめていた。
しばらく黙っていたファティは震える声を絞り出す。
「あなた……転生者ですよね」
……。こっそりと他の女王蟻に対して銀髪とのテレパシーを一切行わないように念を押す。
「イエス」
「どうしてこんあ、こんなことができるんですか」
「死にたくないから」
オレの返答がそんなに意外だったのか、銀髪は悪魔か神様が目の前で胡坐をかいていたような表情をしていたが、やがて怒りに変わった。
「そんなことの為にこんな、みんなを殺して……!」
「じゃあお前は何なんだ? お前だって散々オレの部下を殺してるぞ?」
「そ……れ……は」
直接殺した数なら銀髪の方がはるかに上だけど、ヒトモドキを間接的に殺した数なら多分オレの方が上だ。数の上下で比べるのは下劣だとも思うけどね。
「さらに言えばオレは部下を切り捨てるような真似をしたことがあるけどそれに文句を言われたことはほとんどないぞ。お前はどうだ? お前の仲間に心から信頼されていたか?」
「……」
俯いて黙る。ここで取り残されて一人戦っているのがいい証拠だ。こいつは結局誰からも信頼されなかった。
頭の中に響く声を反芻する。自分が信頼されているか。少なくとも崇拝されていた。
信頼されたかったし、信頼したかった。だが、現実は誰も自分のことなど見ていない。今、頭上でつるされている人以外は。また、頭の中に声が響く。
『正直さ。お前がどれだけ苦しんで戦ったとしてもクワイという国はそれを理解してくれないと思うぞ』
その通りだ。クワイはあまりにも地球とは違う。果たして、そんな人たちに尽くす意味はあるのか? そもそも尽くされることを喜ぶのだろうか。
『どうする? どうする? ここで何の意味もなく戦うか、せめてこいつらだけには生きてもらうか』
長い、長い沈黙を経て。
「本当にこの人たちを助けてもらえますか?」
『もちろん。オレは嘘が嫌いじゃないけど、契約は反故にしない』
「なら、お願いします。どうかアグルさんとミーユイ、チャンドさんを助けてください」
もういい。そう思った。
でもせめて。
自分が本当に大事に思っている人、自分を大事にしてくれる人だけは助けたい。それがなされるのであれば、自分は救われる。そんな気がした。
『いいよ。ならまずお前は自害しろ。はっきり言ってお前はどうやって殺せばいいのかオレもわからん。それでだめなら、まあ別の方法を考える』
ファティはおかしな笑いを我慢する。こんな途轍もない力を持っているはずの蟻の王でさえ殺せない自分はいったい何者なのだろう。
今生に別れを告げるつもりで自らの額に銀の剣を突き付け、意識は暗闇に包まれた。
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