373 楽園への階段

「以上がことの顛末になります」

 ティウはそう締めくくった。

 とりあえず美月と久斗に何が起こったのかは分かった。たださあ。

「この話、お前ほとんど出てこなくないか……?」

「そうですな」

「……」

 どうやら単に出しゃばっただけらしい。

 とはいえティウが嘘をつくとも思えないしな。美月と久斗は失敗しちゃったか。残念だけど……成果はあった。

 王族の死体――――ではない。今回の最大の成果は美月と久斗にヒトモドキに対する感情を定めること。正直に言えばオレはあの二人を完全に信用しきれていない。何のかんの言って種族の壁は厚い。同じ種族の奴らに囲まれれば感化されたり、帰属意識が芽生えることもあるかもしれない。

 そこでヒトモドキどもの醜態を直に見れば心変わりの危険を減らせるかと思ったわけだ。……結果としてそれは確かになった。あの二人は任務のためなら同族殺しを辞さないと証明した。寝返ったりすることはもうないだろう。

 スパイにとって大事なのは能力よりも、絶対に裏切らないという確信だ。……我ながらあくどいよなあ。


「話は分かったよ。あの二人はよくやってくれたから休んでもらうか」

「いえいえ。それはあまりよくありませんな」

「ふうん?」

「失敗した新人には余計なことを考えさせる暇を与えさせない方がよいのです。すぐに不安になりますからな」

 なるほど。すぐに仕事を用意して挽回の機会を与えた方がいいのか。確かに新人の頃って何も命令されていないと不安になるからなあ。

 しかしそんな急に仕事が……あるな。

「……そうか。じゃああの二人には重要な任務をやってもらおう」

 珍しく生け捕りに成功したヒトモドキの女……確かサリとか言ったっけ。あいつを懐柔してみよう。なあに。独りぼっちじゃかわいそうだから仲間を増やしてあげないとな。






 急ぎ救援に駆け付けたアグルたちが見たものは全てが終わった戦場だった。血と踏みしめられた土の匂い。疲れきった信徒の顔。敗北に塗れた味方の姿しかなかった。

 しかしそれでも銀の聖女の無事を知ると瞳を輝かせ、希望を取り戻した。しかし徐々に事態を掌握するにつれ、のっぴきならない事件が起こっていたのだと知ることになる。


「ティキー様が行方不明!?」

 同じく情報収集に努めていたウェングからそれを聞かされたアグルは思わず大声を出していた。

「アグルさん……声を抑えてください」

「……失礼しました」

 だがアグルとしては平静ではいられない。人死にが少ないにこしたことはないが、この部隊の人員が何千人死んだとしても大した問題にはならない。

 しかし王族の血を引き、さらには前回の指揮官であるソメル家の当主の類縁であるティキーを死なせたとなれば責任問題に発展するかもしれない。

「アグルさん……それと、あの赤毛の、サリさんでしたか? あの方はどちらに?」

 ウェングの質問に答えるには少しばかり記憶の糸を手繰る必要があった。少なくとも銀髪が負傷してからは全く見ていない。というよりその存在を頭から締め出していた。多分あの戦場のどこかに死体として眠っているだろう。

「わかりません。私がもっと注意していればよかったのですが……」

 アグルの誠心誠意真心を込めた沈痛な表情を受け取ってウェングは自分から切り出した。

「聖女様には俺から伝えます。アグルさんはここで指揮を執っていてください」




 ウェングはファティがいる駕籠の前に立ち、作法に則って声をかける。ここでは衆目がありすぎてとても駕籠の中には入れなかった。ティキーがいればまた別だったかもしれないが。

「聖女様。お伝え申し上げます。ティキー様とサリ様が行方不明です」

 簡潔な報告を伝えると、中では息を呑む気配があった。

「ゆ、行方不明……? 二人とも、どこに行ったんですか……?」

 いやそれがわかってたら行方不明じゃないだろう。心の中でそうツッコみながら同時に同情もする。親しい友人を一度に二人も失ったのだから。

 ウェング自身も少なからず動揺していた。心のどこかでは転生者なのだから死なない、そう思っていたのだが……ティキーが行方不明になったことによりそれはただの思い込みでしかないと思い知らされた。

「わかりません。今皆で探しています」

 はっきり言って気休めでしかない言葉だ。特にサリは戦場で行方不明になった。事実上の戦死だ。

「あの……私も探しに……」

「落ち着いてください。聖女様」

 あえて堅苦しい言葉を続ける。

「聖女様はお疲れの御様子。雑事は我々が引き受けますのでお休みくださいませ」

 遠回しに出歩くなと言っている。ウェング自身としては外に出させてあげたいのだが、周囲の人々は清く正しい聖女をこれ以上の穢れに晒してなるものかと殺気立っている。

 ……この人たちにとって銀の聖女とは信仰対象であり、どこにでもいる少女ではないのだろう。

 しかしそこで思わぬ闖入者が息を切らせて駆け込んできた。


「聖女様! 聖女様はいらっしゃいますか!?」

 誰も見たことのない女性がそこにいた。聖職者であることを示す修道服を着ているが、泥だらけ、汗まみれの様子は相当な距離を踏破していることが察せられた。

「騒々しいぞ! 何事だ!」

「教都チャンガンからの御通達です! ただちに、聖女様にお伝えしたい仕儀がございます! 直ちに教都にお戻りください!」

「な!? どういうつもりだ!」

 これには冷静ではいられない。ここから教都チャンガンまではかなりの時間がかかる。足の速い飛脚でも十日はかかる。駕籠ならもっと時間がかかるはずだ。

 それだけの時間があれば敵は体勢を立て直すかもしれない。

「教皇猊下からの御達しです! 聖女様を……」

 その女性は感極まったのか涙を浮かべ、言葉を一度詰まらせてから一気に言い切った。

「聖女様を聖人とする! 教皇猊下と国王陛下がそうお認めになったそうです!」

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