367 旅立った家族

 銀髪をどう倒すかを翼と議論していた時のことだ。

「一回だけだけど銀髪の防御にひびが入ったことがある」

「おや。それはどのような時ですか?」

「最初の戦い。銀髪は火を消そうとして魔法を一面に広げていたんだ。その時に小春が噛みついていた。……はずだ。よく見えなかったけど多分あの時が一番銀髪を追いつめていた」

 もう三年くらい前になるのか。時間がたつのは遅いようで早い。

「つまり、奴の<盾>にも限界はあり、そして火ならば焼き殺すこともできるということでしょうか」

「多分な。ヒトモドキの<盾>は多分、熱や音までは防げない。それに煙を吸い込めば一酸化炭素中毒で死ぬはずだ。あー、一酸化炭素中毒ってのは……」

「煙に含まれる毒のようなものでしょうか?」

「大体そんな感じ」

 やっぱり火という兵器は単純だけど強力だ。理想的には室内に誘い込んで建物ごと焼き尽くすのが手っ取り早いけど、あいつらは基本的に住居を占拠したりしない。建物ごと住民をぶっ潰すのがあいつらのやり方だ。

 非効率的ではあるけど罠にかけるのが難しくもなっている。

「では、奴が周囲の味方を守らねばならない状況を作り、魔法で囲わせればその一酸化炭素中毒と魔法を浪費させる条件が満たされるわけですね」

「そうだな。ただ、いざとなればあいつは味方を見捨てて自分を守るかもしれないな」

「それをさせぬためには奴では状況をわからなくさせればよいでしょう。例えば……目や耳を使えなくさせる、とか」

「お前またえげつないことを……でもそれがうまくいったとして、どうやって火をつけたりする? あいつの防御は広げた状態でさえ信じられない硬さだぞ?」

「地下から侵入すればよいでしょう」

 翼は一足す一は二という計算をするようにさらっと言ってのけた。

「いやいやいや! いくら何でも銀髪を防御させてから地面を掘ってたんじゃ間に合わない!」

「あらかじめ穴だけを掘っておけばよいのです。そしてそこに敵を誘導すれば可能です。時間さえあれば我々はいくらでも穴を掘れます」

「……」

 理屈の上では可能だ。カッコウなどの偵察や、事前に地形を調べれば進路を予想することはできる。

 ただ……。

「その中に侵入する部隊は誰がやる? 成功するにせよ失敗するにせよ、ほぼ間違いなく死ぬぞ?」

 翼は何の躊躇もなく、それが当然だと言わんばかりに答えた。

「無論私が」




 地下から這い出た軍勢が誰一人として声をあげずに一直線に銀髪へと向かう。数はわずか百。銀髪がいなくとも、十分封殺できる戦力だ。だがしかし、茫然自失としている騎士団はろくな反撃さえできなかった。

 手近にいた兵士を刺し貫き、爪を下に向ける。あらかじめ予定していた合図に従い、部下が火炎瓶を投げ、辺りは火に包まれ、さらに地下への道を封じる。これでもう退路はなくなった。

 そこでさらにこの部隊の切り札である鎧竜を前面に押し出す。アンティ同盟から出向してきたその援軍は暴風のように敵を薙ぎ払った。さらに鎧竜の魔法は炎さえも弾き飛ばす。火炎瓶の炎は障害にならない。

 もっともドーム内の酸素が燃え尽きれば鉄壁の魔法でさえも意味はない。鎧竜に限った話ではないが……この地下組に参加したメンバーはすでに死の覚悟を決めている。

 後は、銀髪のその一党が何かの対策を練るよりも先に攻撃を叩きこむだけだ。




 騎士団は混乱の極みに達していた。アグルは当初木偶人形のような信徒たちに憤慨していたが、時間がたてば木偶人形の方がましだと思いなおしていた。

 どこかから火の手が上がり、さらには巨大な甲羅で覆われたようなトカゲが現れ、味方をなぎ倒していった。まともな統率がとれず、ただ右往左往する味方はもはや役に立たない。銀髪ならあの程度の敵は楽に倒せるだろうが……この状態の銀髪を戦わせるわけにはいかない。

「聖女様。敵が来たのでしばらくここを離れます。あなたは御身だけをお守りください」

 言葉と同じ文字を手のひらに書き、伝わったことを確認してから自らは指揮を執るために駆けていく。




「将軍。まとまった敵が鎧竜に集中しています」

「では我々も行くぞ」

 翼の策はそう複雑ではない。鎧竜が派手に暴れまわっている隙に銀髪に肉薄するという単純な陽動作戦だ。

 戦闘中においてはっきり示された目標以外の敵を注目するのははなはだ困難なのだ。先ほど現れた男が鎧竜に攻撃を指示し始めたことで、むしろ敵の視野は狭くなった。

 無人の野を行くがごとく、ある時は群衆の間をすり抜け、またある時はその爪牙で敵を切り伏せる。翼自身が驚くほどにあっさりと銀色の髪を視界に収めた。


(普通だな)

 初めて銀髪を間近で見た感想がそれだった。

 目が見えず、耳もろくに聞こえないであろう女はうろたえ、心細そうに地面に置かれた駕籠につかまっていた。

 誰がどこをどう見ても数々の虐殺を行った魔王だとは思うまい。

 叶うならば……翼としては自らの爪と牙であの銀髪を討ち果たしたかった。恐らくはこれが最初で最後の機会だろう。

 自分に続く軍勢をわずかに振り返り、そのまま加速する。一瞬で距離を詰めた翼とその配下は少女に対し<恐爪>を煌めかせる。苦難の日々、そののちの歓喜……そして別離。新たなる出会い。

 それらすべてを思い起こしながらの一撃は、しかし……銀色の鎧が全て遮る。


「届かぬかあ。口惜しいな」

 自らの全生命、全人生、そのすべてを捧げた渾身の一撃は疲弊しているはずの少女に傷一つさえ与えられなかった。故に、本命を発動させなくてはならない。

「王よ! 今までありがとうございました!」


「…………」

 魔法を使わせて疲労させても、クマムシの魔法無効化で削っても銀髪の防御は揺るがない。

 だから……最後の攻撃手段を使う。地下組に爆弾を持たせた。飛行船と、地上の大砲用の爆弾それ以外の全てを、可能な限り。全くもって非人道的極まりない。

 特攻隊とやらを思いついた軍人ですら眉をひそめたくなる蛮行。が、しかし現段階では地下から銀髪の至近距離までを踏破するには直接誰かが爆弾を持ち運ぶしかない。

 そして、その命令を出すのはオレだ。オレでなければならないのだ。

 地下組は銀髪を取り囲み、地獄の果てまでも追いかけてその命を刈り取るように命を燃やし尽くしている。この機会を逃せば銀髪を仕留める機会は何年先になるかわからない。ならば。ためらう暇などないのだ。

「爆破」

 単純な命令は実行された。ユーカリの魔法を用いた無線爆弾は銀色のドームの中を光で埋め尽くした。




 翼に感覚はない。轟音が先だったのか、自分の体が四散するのが先だったのか、それすらもわからない。ただわかるのは誰も彼もが炎に呑まれただけ。

(ようやく……我々の誓いの半分は果たせた。我が伴侶の為に、そして産まれることさえ許されず、魔王に殺された我が子の為に。直接仇をとれなかったのは心残りだが……もはやそれもいい)

 翼は確信している。こののちの世が王によって悪くはならないことを。目の前にいた魔王さえいなければ少なくとも今よりはいい世界が訪れることを。同朋の未来は後継者である、空に任せば不安はない。あれには自分にはない才能がある。

(魔王よ。悪鬼よ。ありとあらゆる悪逆を成した女よ。我が爪牙によって仇を討てなかった私にも、貴様にも良き輪廻は訪れまい。共に辺獄にて魑魅魍魎に混じり、殺し合いを続けよう。どうせ貴様も私も、殺すことしかできんのだ)


 そしてすべては爆炎の中に消えた。

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