366 入獄
今更ではあるが、魔物の再生力は強い。ほとんどの魔物は腕がなくなっても休息と食事さえあればいつか再生する。それはヒトモドキも多分変わらない。
ただし傷の場所や種類によっては再生できなかったりする。例えばケロイド状になった火傷はうまく再生できないし、目や耳などの感覚器官は再生しても以前のように働かなくなることも多い。翼もラーテルから受けた傷が原因で片目の視力が低下したので眼帯をしている。
だから銀髪の目が治る可能性は大きくないが、無視するわけにはいかない。つまりここで逃がすわけにはいかない。
鷲とカッコウが空から爆弾を投下し、地上部隊が鵺との戦いで使った銃を大型化した大砲を撃つ。
ユーカリの魔法によって爆発するタイミングを調整されたそれらはほぼ同時に火を噴き、ヒトモドキめがけて殺到する。
爆煙が晴れるとそこには……銀の壁が立ちふさがっていた。銀髪がぎりぎりで防御を展開したらしい。数十発の爆弾と大砲を防ぎきるというでたらめな防御力。一万人近い騎士団全体をドームのように覆っていた。光の巨人か機動兵器でもなきゃまともに突破できそうもないなこりゃ。
でも……防げないものもあるだろ? 例えば光と音。さっきみたいに確実に耳や目を潰せるわけじゃないけど轟音と閃光は少なからず感覚を麻痺させる。そこまでの効果はなくとも敵を威嚇する効果はあるはずだ。
何しろ連中は未開人。現代人は花火や車のような轟音に案外耐性がある。しかし連中は野蛮人。文明の暴力など知りはしないのだ。
上から何かが降って来ることを察知したアグルが慌てふためくファティをなだめて防御するように頼み込み、何とか<光盾>を張ることができた。
ただし、敵の攻撃は予想よりもはるかに激烈だった。
見たこともない光。聞いたこともない音。地震と雷が同時に目の前で炸裂したような錯覚を引き起こすほどだった。
もしもファティの防御がなければ周囲の生き物は誰も生きていなかっただろう。
アグルの背筋を冷たい汗が滴るが、それでもまだましな反応だろう。ほとんどの信徒は腰を抜かしうつろな目で空を見上げているか、地面に伏して祈りを捧げている。まともに戦おうという気概は見当たらない。
「聖女様! ご無事ですか!?」
先ほどと同じような言葉を繰り返すが、銀髪の狼狽は先ほどよりもひどい。
(くそ! 耳をやられたか!? 一時的なものかもしれんが……どうやって指示を伝える!?)
悩んでいる暇はなかった。強引に銀髪の手を取り、指で手のひらに文字を書く。これくらいしかもう思い浮かばない。
少し驚いた顔をしたが、すぐにうなずいたファティを見て意思疎通ができていることを確信する。何とかしのがねばならない。だが敵の攻撃は緩まる気配がなかった。
もちろん攻撃は緩めない。一見追いつめているように見えるけど、銀髪が攻撃に転じれば、地上部隊が全滅するのは間違いない。
「クマムシどもを突撃させろ!」
移動式の牢屋からクマムシが解き放たれ、一斉に前進させられる。動きはそれほど速くないが、確実に銀髪のドームに近づき、クマムシの他の魔法を無効化する魔法が発動した。
このクマムシの魔法、実はちゃんとしたロジックがある。魔法を無効化する魔法というある意味矛盾した魔法はきちんとした仕組みがあるのだ。
まず魔法には優先順位のようなものがある。これは同じ種類の魔法がぶつかった場合、優先順位が高い魔法が効果を表すという性質なのだが……クマムシの魔法はこの優先順位が異常に高い。
しかし、その代わり、何の効果もないのだ。
何かを壊すこともできないし、何かから身を守ることもない。ただ優先順位が高いだけの魔法。しかも自分自身に触れた魔法ならばどんな魔法にも効果を発揮する。それゆえにクマムシが触れた魔法は効果を表さない。より正確には
言ってみればゼロをかけるようなものだろうか。どんな数字も掛け算によってゼロにしてしまう。
ただしドードーのように素の優先順位が高い魔法は完全に無効化できないこともある。本来ならヒトモドキの魔法の優先順位はとても低いけど、以前銀髪がドードーの魔法をガードできたことを考えると――――。
ギイイんと甲高い音、そして明滅する光の壁。
クマムシの突撃は銀髪の魔法によって阻まれていた。
「くっそ! やっぱり防がれたか! でも、明らかに今までとは違う! 光や音が発生しているってことは無駄なエネルギーが発生しているってことだ! 消耗はさせられているはずだ! 各員攻撃継続!」
爆弾と大砲は防がれた。クマムシの攻撃も決定打にはならない。
だがしかし、これも計算通りだ。敵は目と耳に傷を負い、さらに味方を庇わなければならない状況に追い込めた。
確かに銀髪の<盾>でできたドームは突破できない。ただそれは言い換えれば敵もドームから出ることができないのだ。
世界一強固な鎧は、世界一強固な牢獄でもある。
そして、その牢獄に脱獄ならぬ入獄する手順はすでに整っている。
できるならこの手は使いたくなかったけれどそうもいっていられないらしい。
「翼。いよいよお前の出番だぞ」
「そのようですね。ええ、最後の花道。思う存分ご照覧あれ」
ゆっくりと銀色の光を放つドームの内部にある地面が盛り上がり、あらかじめ地下に潜伏していた翼率いる軍勢が地下からはい出した。
突破できないなら侵入すればいい。上空に目を奪われているなら地面に防御を張る余裕なんてないはずだから。
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