365 光
呆然自失する騎士団員たちだったがやがて誰かが声をあげた。
「ねえ。あれ……近づいていないかしら」
むしろ見れば誰もが近づいているとわかっていたが、その事実を受け入れる心の余裕がなかった。
「あれは何なんだ?」
「知らないわよ!」
「いや、そもそもあれは敵なのか? 味方なのか?」
混乱が次々に巻き起こり、答えのない議論ばかり続ける。こんな時にこそ音頭を取るべき騎士団長も事態の急変についていけずうろたえるばかりだ。
その動揺はファティの駕籠にさえ伝わっていた。
「サリ? どうかしたの?」
駕籠を出て様子を見ていたサリが駕籠の中に戻ってきたのだが、顔色が優れない。
「私にも……何がどうなっているのか……」
「敵が来たの?」
「それが……いえ、あれは……敵……なの……?」
あまりにも要領を得ないサリの様子にただならぬ事態であることを察したファティは居ても立っても居られず駕籠から飛び出した。
風が強く吹いている。上空を時速五十キロで飛ぶ飛行船デファイ・アントに括りつけられた翼のような場所。……本来はカッコウや鷲が飛行船から飛び立つ空中の発着場であるそこには雄々しく屹立する二人のライガーがいた。爆弾などの兵器を乗せるスペースを少なくしてまでこいつらを乗せてここまで運んできた。
「今こそ我ら来たれり」
「天に坐すアンティに代わり」
「かの者に光の裁きを」
「我ら戦の先触れとならん」
強風にあおられながらもなにやらつぶやくライガーに対して全員の意見は一致していた。
いいからさっさとやれ。
「コッコー。銀髪が出てきました」
最初の幸運はこちらにあったらしい。ありがたいがだからこそ手が震えるほど緊張してきた。ここからが今回の作戦の山場であり、この作戦の成否を左右する攻撃だ。
駕籠の中でずっと閉じこもっていたらこの攻撃は成立しない。飛行船の役割はおもに二つ。
敵を動揺させること。銀髪が戦闘状態に入る前に射線を確保すること。地上では兵隊が肉の壁になってまっすぐには狙えない。何か来たことに気付き、動揺した銀髪が駕籠から出て、微動だにせず上を見上げる瞬間は飛行船を注視する今しかない。
さらに銀髪はガードが異様に速い。特に自分の周囲に鎧のような<盾>を出現させる場合、不意打ちを含めたありとあらゆる手段が通じない。自動的に展開されるのか攻撃を予想しているのかどうかはわからないけど今現在あれを突破するのは甚だ困難だ。
だから、展開させる前に攻撃する。
この攻撃だけは絶対に見てから防げない。今なら動揺しているし、ライガーとは初見のはずだから予想もできないはず。
オレたちの強敵との戦いにおけるセオリー。まずは感覚を潰す。鵺も、ラーテルも、無敵の攻撃力や防御力があっても、感覚器官だけは万全の防御ができない。
そして、この攻撃はアインシュタインの相対性理論を破らない限りけっして回避も防御も間に合わない攻撃。
すなわち。
上空からのレーザーによる狙撃である。
ライガーの総力を結集して放たれた光の軌跡は何かを壊すことも、ゲームや漫画のように派手なエフェクトを発生させることもなく、一切無駄なエネルギーを消費せずにただただ秒速三十万キロメートルの速度で突き進みひっそりと銀髪の目に飛び込んだ。
この世界でもっとも密やかな、誰の目にも止まらない鮮やかな狙撃は初めて銀の聖女に有効打を与えた。
「きゃあああああ!!」
上を見上げるばかりだった騎士団の目を覚ましたのは激励でも指示でもない。彼女たちが敬ってやまない銀の聖女の絹を裂くような悲鳴だった。
「聖女様!?」
アグルが駆けよる。両目を抑えて蹲る彼女に何かが起こったことは明白だが、それが誰にも分らない。誰も何も見ていないし、聞いていない。まさしく目に見えない悪魔によって傷つけられたとしか思えなかった。
「聖女様! ご無事ですか!? 聖女様!?」
「だ、大丈夫。ケガはないです。えっと、アグルさん? どこにいるんですか?」
冗談を言っているのではないと理解したアグルの顔が顔面蒼白になった。何故ならアグルはファティの目の前にいたからだ。どんなに間が抜けていても見落とすわけがない。
「ま、まさか……目が……お見えにならないのですか……?」
思わずアグルさえも目の前が真っ暗になったような錯覚を覚える。
「そ、そんなまさか」
「お労しや……」
「悪魔の瘴気が清純な聖女様を穢したに違いない!」
周囲のやかましい雑言のおかげでかろうじてアグルは正気を保ち続けた。何がどうなったのかはわからないのだが、重要なのは敵がこの隙を見逃すはずはないということだ。
「アグルさん……サリは……サリはどこですか……?」
ファティの言葉に周りを見渡すがサリの姿は見えない。
(あの女……! このガキの面倒を見るのはお前の存在価値だろうが!)
アグルは脳内でサリを撲殺し、その存在を思考の彼方に追いやった。
「今は御身をお守りください! 聖女様! 敵が来ます!」
上空を見上げたアグルの目には羽ばたく鳥たちがこの世に顕現した悪魔のように自分を見下ろす姿が映っていた。
「いよっしゃあああああ!!!!」
震えていた手足を叩き、声よ響けとばかりに快哉を叫ぶ。あの慌てふためきよう! 間違いなく何かが起こったに違いない! はっきり言ってここが一番の山場だった。この狙撃の難易度は間違いなくウルトラCだ。
たった二人のライガーでは火力不足だったので、地上部にいるライガーから光を受け取り、その光を鏡のように軌道を曲げつつ銀髪の両目にぶち当てるという神業をやってのけた。しかもそれを安定性がほぼゼロの飛行船上でやってのけるのだからかっこつけるだけのことはある。
空気抵抗だの重力だのをほとんど考えなくていいレーザーとはいえよくやってくれた。
「こっから一気に攻勢に出るぞ! 奴らが立て直す隙を与えるな! ケーロイ! 和香!」
「コッコー」
「おう! 任せろ!」
空戦隊を指揮する二人が一気に加速する。ここまでデファイ・アント持ち運んできた爆弾を鉤爪に捕らえて飛んでいく。今まで夢想でしかなかった空爆が今日ここで実現する。
「地上部隊前進! 空! 前進!」
「は!」
現在地上部隊の指揮を執っているのは翼ではなく事実上その後継者であるラプトルの空だ。やはり戦場での指揮はラプトルが一番うまい。
空中と地上からの総攻撃。今まで出会えば逃げるしかなかった銀髪に初めて計画的に攻撃しようとしていた。
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